空想政治小説~半泣き宇宙人が理想の植民星を求める話。

渡辺 とも

第一話 はじまり

 地球上空、高度35,786kmの静止軌道上に一隻の宇宙船があった。


 それは遥か遠いアウグスト星から航行してきた。


 乗組員は宇宙船を維持・操作する担当者十数名と、今回の遠征のために選ばれた先遣隊四名。


 遠征の目的はアウグスト星人が移住可能な惑星を見つけること。先住民族がいた場合は、支配者として君臨すること。


 先遣隊四名のリーダーはゲルルス・アウグスト王子。アウグスト星の王族である。王族といっても、王位継承の予定はなく、遠い親戚くらいの立場だ。年齢は地球にあてはめると大学生くらいである。


「では、いまから地上への出発前の最後のミーティングを行う」


 宇宙船内の会議室で、ゲルルス・アウグストがほかの三人を見渡しながら話し始めた。窓の外には地球が見える。鉛ガラスと封入された水を通してみる地球であったが、青く美しく、十分魅力的な獲物だ。


「地球到着以来、一年にもわたり移住準備をしてきたが、ついに地上へと降り立つ時が来た。皆、今までよくやってくれた。地球人独特の風習もあり、それぞれ担当する個体の情報を把握し会得するのに苦労したであろう。何度も地上と宇宙船を往復して煩雑であったが、それだけの成果はでている。私が見た限り、本物と比べても遜色のない仕上がりだ」


 ゲルルス・アウグストは、地球先住民族支配の方法として、現在の支配者とそっくりになって入れ替わる方法を選んだ。軍事制圧も可能ではあったが、核兵器で攻撃されて放射能汚染しても困るのだ。もともとアウグスト星人たちは、骨格を自由に変えることができる。自由にといっても時間をかけて徐々に変化させることができるだけなので、まったくの別の生物をまねるためには、数か月は必要であるのだけれど。骨格以上に工夫が必要なのは皮膚表面の模写で、生物個体ごとの差異以外に、加齢性変化や傷跡などがあるため、入れ替わる個体そのものから写し取る必要がある。具体的には、その個体をさらってきて皮膚表面を読み取り、潜入する者たちに複写する必要があった。


「かねてからの予定通り、メイ・フィブリルが対象となる3個体を無事拉致してきた。いずれも日本国の中枢にいる者たちだ。私が内閣総理大臣である田村 正一郎を担当する。ジャン・ゴダールは友正党幹事長である等々力 誠、ターナ・クラリストは仁科 玲 官房長官を担当する。この一年間の調査でそれぞれの人間関係や人間特有の行動様式は身についたものと思う。抜かりなく行動してほしい」


 メイ・フィブリルは本星との連絡係・諜報担当の女性であり、今回の任務についてはゲルルス・アウグストの下で動いているが、もともとの部下ではないし、本星政府の指示にも従う。地球人のデータ収集、個体拉致に能力を発揮しており、彼女なしにはここまで準備はできなかった。得難い人材ではある。


 外見だけまねても地球先住民が社会を形成している以上、その情報を取得しなければ、入れ替わることは難しい。そのためのスマートフォンなどの電子機器のハッキングや盗聴、監視カメラの設置はお手の物であった。敵に回すのを考えると恐ろしい。


 彼女はアウグスト星人特有の美しく細く伸びた耳、きれいに通った鼻すじ、薄めのくちびる、玉を転がすような声がとても魅力的だ。彼女相手なら、大抵の男は機密であろうとなんであろうとしゃべってしまうに違いない。思わずうっとりと眺めてしまいそうになるが、本星政府の指示にも従うため、完全な味方ではない。油断しないよう注意が必要だ。


 彼女自身は特定の個体と入れ替わることなく、誰でもないいわばオリジナルの人間として活動する予定である。

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