第17話 発覚

 ある日、とある有名な大学から電話がかかってきた。聞いて欲しい話があるので、一度来て欲しいとのことだった。その大学には以前オープンキャンパスのパンフレットに使う写真を撮って欲しいという依頼を受けて、取材に訪れた事があった。聞いて欲しい話?仕事の依頼は、事務局や広報部から来るものなのに、白井と名乗る男性が来て欲しいと指定した場所は大学の自身の研究室だった。


「なんや、新しい仕事の話か?」テレビの画面を観ながら、研さんの絵を描く手を止めることなく先生が聞いてくる。


「そうやねん。詳しい話が聞けなかったから、明日ちょっと行って来る。この前パンフレット作った大学や。先生は、途中になってるイラスト仕上げておいてな。」不穏な空気を察したのか、ビートルのエンジンが一発でかからない。

 

「今日は、お一人ですか?」名刺交換の後の白井教授の第一声だ。

「え?あ、アシスタントが一人おりますが、基本一人で仕事をしています。写真のご依頼ですか?絵の方でしょうか。」そう答えながら、僕は背中を伝って流れ落ちる自分の汗を感じている。この後何を言うべきなのか、相手が何を言って来るのか。渡された名刺に「天文学史専攻」と書かれている。


「星はお好きですか?」教授は自分でお茶を淹れ、僕に出してくれた。

「いえ、嫌いではないのですが、キャンプに行った時に観る程度で、星座もさっぱり分かりません。」

「そうですか。名刺にある通り、私はこの大学で天文学史を専門に教えています。星が好きでね。星好きにもいろいろ種類があるんですよ。星を観察して研究する人、星に行ってみたくて宇宙飛行士になる人。化石を調べて、過去に生きた恐竜に思いを馳せる研究家も居れば、本物を見たくてDNAから恐竜を作ってしまう科学者もいる。あ、あれは映画の話ですね。」口元は笑っているけど、目が笑っていない。


「私は、歴史専門です。日本史、世界史、なんて大雑把にいろいろな『史』がありますが、私は天文学の歴史を専門に研究しています。」やばいと思った。

「以前、この大学に撮影に来られましたよね?その時一緒に居たのがアシスタントの方ですか?教室を撮られているところを見かけまして。」もう、どう答えるのが正解なのか分からなかった。

「そうです。アルバイトでお願いしているのですが、よく働いてくれて助かっています。」この何でもない会話が恐ろしい。

「外国の方なんですね。」

「ええ、ちょっとご縁があって。」

「どちらの方ですか?」

「ヨーロッパです。」あえてイタリアと言う事を避けた僕を白井教授は何と思ったやろう。

「そうですか。」と言って席を立ち、一枚の写真を持って戻ってきた。先生の肖像画を印刷したものだった。


「あなたのアシスタントさん、この方じゃありませんか?」きたー。専門家からのどストレート。深く考えずに一人で来てよかった、まず思ったのはその事だった。

「似てますけど、これは?」もう、とぼけるしかなかった。先生は全ての仕事に行きたがったけど、全力で打ち合わせや撮影の作業は引き止めるべきやった。

「ご存知ありませんか?」喉がカラカラなのに、出されたお茶に手をつけられない。僕が写真を見ている間に教授は二杯目のお茶を飲み始め、お菓子まで食べている。

「これは、ガリレオの肖像画です。名前くらいはご存知でしょう?」

「もちろん。学校で習いました。『それでも地球は動いている』の天文学者ですよね。顔までは知りませんでした。」

「そうです。そのガリレオにあなたのアシスタントさんはそっくりなんですよ。末裔だとか、そんなお話は聞かれた事はありませんか?お名前はなんとおっしゃるんですか?」

「名字はガリレイではありませんよ?それにガリレオの子孫だなんて話も聞いた事がありません。もし、そうだったら絶対に僕にとっくに話してると思います。」教授は食い下がらなかった。


「そうですか。他人の空似とは思えなくて、お忙しい所お呼び出ししてしまって申し訳ない。わずかな可能性にかけたいと私は思っているんです。あなたのアシスタントさんがもしガリレオの子孫だったら、少しでもご本人からお話を聞かせていただくことは出来ないでしょうか?名字が違うのはいくらでもあることなんです。母方の親戚だったり、娘の血を受けていたら当然名字は変わっていきます。ガリレオは1500年代末期から1600年代前半を生きた天文学者です。それはご存知ですね?」「え?いや、そんな細かい事は知りません。僕は歴史が苦手なんです。」

「1600年といえば日本では戦国時代だった事はいかがですか?」

「それはもちろん知っています。無理やり学校で覚えさせられました。」

「織田信長。ご存知ですか?」

「はい、本能寺の変で明智光秀に謀反に遭い、暗殺された武将です。」

「よくご存じじゃないですか。」教授は嬉しそうに笑った。

「では、その織田信長の末裔がフィギュアスケートの選手としてテレビを賑わせている事もご存知ですよね?」

「あぁ、ニュースで見た事があります。」

「あの年代の偉人の17代から18代目くらいの子孫が、今の世に自分がそれと知らずにたくさん暮らしている可能性があるんです。もちろん織田選手のように自覚していらっしゃる方もいます。」


 教授はもう一枚大きな紙を持って来た。

「これは未完なんですけどね。」家系図や。ガリレオの両親が一番上に書かれたその家系図はとんでもない数の枝分かれをして、めんどくさいアミダくじを思わせた。未完とはいえ、その家系図のデータは膨大だった。一番上のガリレオの両親と、アミダくじの一番下の段の一番端っこの人なんて、もはや他人ではないのかと思いたくなる程の人名が所狭しと書かれ、所々様々な名前以外の情報も書き込まれている。自分の家系も理解せんとよその家の家系図を必死で作って、このおっさん相当ヒマなんちゃうか?心の中で舌を出しながら教授の話を聞いていた。その反面、この教授に先生の正体がばれてしまった時、ここに書かれている人達の人生が変わっていく可能性があると思うと少し怖くもあった。


「もしかしたら、あなたのアシスタントさん、この中のどなたかと面識があるのではないでしょうか?」その、二番目にでっかく書いてあるのが僕のアシスタントやん。もちろんそんなことは言えない。

「お話は分かりました。お気持ちも分かります。しかし、教授がされていることは、有名人のものまねをしている芸人さんとその有名人本人に血縁関係があるかどうかを調べようとしているのと変わりないのではありませんか?逆に言えば、織田信長の末裔だというスケート選手は織田信長と顔が似ているのですか?兄弟ですら顔が似ない事もあるのに。」ついつい早口になってしまう僕の言葉に白井教授はじっくり耳を傾けていた。

「確かにあなたの言う通りですね。私には妹がいますが全く似ていません。普段、過去の天文学者達の顔を見ながら仕事をしているので、アシスタントさんのお顔を拝見した時に居てもたってもいられなくなってしまいました。肖像画をお見せしましたが、それだけよく似ていらっしゃるんです。もちろん似ているから血縁とは限りません。他人の空似の方がずっと多いでしょう。いかがでしょう。ご本人さえ御迷惑でなければ、一度お会いする機会を作っていただけませんか?」

「僕には全く分からない話ですね。もし、彼がこの家系図の中の誰かを知っていたとしても、仕事に関係のない話で、従業員の個人情報を今お話する事もできません。」教授はもちろん、先生本人が時空を超えてここにいるとは思っていないようやった。それでも、専門家には会わせない方がいいやろう。嘘から出る小さなほころびが、僕と先生だけでなく、歴史を変えてしまうことになる。


「お話は分かりました。本人に確認して改めて連絡させていただきます。仕事が立て込んでいますので、本人がお伺い出来るとしても、10日程お待ちいただかなければいけませんが。」目の笑わない教授がようやく本当に嬉しそうな顔をした。

「ありがとうございました。私も仕事の段取りを付けておきます。」僕は血の気が引いて行くのを感じ、どうやって帰宅したのかも覚えていなかった。あの教授とどのくらいの時間話していたのかも分からない。

 

 真っ青な顔をして帰宅した僕に先生は驚いて、ソファに座らせ、きちんと抽出した珈琲を飲ませてくれた。(サクライさんの缶コーヒーはもう飽きたんやろか)

「先生、まずいことになった。」僕は手短に白井教授の話を伝えた。

「面白いやんけ、行ってくるわ。他人の空似やって言うてきたらええんやろ?」

 それで本当にあの人は納得するんやろか。

本人を目の前にしたら、今までの研究データを全部持ってきて、末裔どころか本物だというところまで暴いてしまうのではないやろうか。僕の心配をよそに、行くと決めてしまった先生は、もうその話をおしまいにして、食事をしながら、研さんの新作のお芝居の話やこれからの季節に見られる星の話や、今ベガで手掛けている仕事の話を夢中でしていた。それを聞きながら、僕も何となくさっきまでのピンチを忘れてワインを呑みながら、先生の料理に舌鼓を打った。今日の夕食はヒラメのバター焼きがメインやった。明日は休業と決めていたので、二人で夜遅くまで酒を呑みたくさんの話を大笑いしながらし続けた。


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