第16話 拡販
先生が配達のついでに、卓上カレンダー用のプリント用紙を買って来た。
「ミツシゲ、これで今までの写真使ってカレンダー作れへんやろか?」何気ない面白い提案に僕は仕事の手を止めて賛同した。
「それ、面白いな。一つ作ってみようか。」二人で今まで訪れた場所は数え切れず、すべての季節の風景写真がたくさんパソコンにストックされている。僕は即興で各季節の写真を選び、カレンダーのレイアウトを選び、一冊のカレンダーを作って先生に見せた。一ページずつ丁寧に見てから、先生は「いいやん。」と喜び、自室に持って行った。
部屋に飾るのだとばかり思っていたのだが、先生は続けてプリント用紙を持ってきて「星バージョンは出来る?」と聞いてきた。
「先生、星の素材もたくさんあるけどな?そんなにカレンダーばっかり作ってどないすんねん?」先生はにっこり笑って「売るんや」と言って来た。
「は?」今までは、依頼のあったクライアントの所へ出向いて写真を撮影したり、オーダーを受けてイラストを作ったりしていたので、カレンダーを売るという発想が僕には全くなかった。
「先生、絶対売れへんで?ここに来る人は限られてるし」先生からの返事が僕の想像を超えていた。
「だってな、評判いいねん。」といいながら、先生はスマホの画面を差し出して見せた。聞けば先生は僕が一人で写真の拡散に怯えていた時、それを全く恐れていなかったどころか、僕の話を聞きながらSNSその物に関心を持ち、早々に携帯ショップに教えてもらいに行ったらしい。インスタグラムを使えるようになっただけでなく、一眼レフのデータをスマホに送る所まで覚えてしまった先生は、漢字の読み書きが出来ないというだけで、営業に関しては完全に僕を超えていた。
ベガという名前で、毎日一枚ずつ写真を投稿していた。全て先生の撮った作品だ。ひらがなで愉快なタイトルが毎回つけてある。枯れ木の写真に「もうさいけっかん」と一言書かれていたり、パンケーキのお店の行列写真に「おっさんもならべますか」と書いてあったり、見る人の心を掴んでいた。事務所に、写真を買いたい、パソコンのデスクトップに使いたい、ホームページをみたという電話がやたら多くなったと思ったのは、このせいだったのか。隠し事するなと言って怒っていた先生が僕に内緒でベガを大きくしていた。個性的なタイトルが付き、他には何も説明書きのないシンプルな投稿は、写真を撮る事が好きな人にも、写真を見る事が好きな人にも愛され、事務所のホームページには、手に負えない程のご意見ご要望が寄せられた。
「先生、どないすんねん。これ。」パソコンに届いた反響を見せても「売んねん。」売り方が分からないのに、派手に営業をやってのけて、後は知らん顔。僕は嬉しい悲鳴をあげ、小学校の同級生にダメ元で連絡を取ってみる事にした。授業もろくに聞かず、女の子の髪の毛を引っ張って怒られていたガキンチョがホームページのデザインやら、お店のデザインやらを手掛ける青年実業家になっていると風の噂で聞いていた。小学校低学年の頃の話やし、僕はそんなに目立つ子供じゃなかったので、案の定彼は僕を覚えておらず、電話越しに不信感が伝わってきた。
「平山事務所です。」
「平山君?」
「そうやけど?」
「僕、小学校二年生の時に同じクラスやってん。」
「はぁ?」
「知り合いから偶然平山君の活躍を聞いて、事務所のホームページみて電話してしもうたんや。」全く僕を思い出してくれない平山君に、
「あかねちゃんの髪の毛を引っ張って泣かした。」とか
「体育の女の子の着替えを覗こうとして先生に怒られた。」というキーワードを放り込むと、「
むー、すまん。どうしてもミツシゲを思い出せへんけど、あかねちゃんの髪を引っ張って泣かしたのは間違いなく俺や。」という事になり、ホームページの事で困っていると伝えるとすぐに駆けつけてくれた。
「ごめんなー、あの後卒業アルバム引っ張り出して来てミツシゲ見つけたで。おー、変わってへんやんか。」なぜか、小学校の卒業アルバムを持参して来てしまった平山君に、先生が珈琲を淹れる。
「アシスタントさん、めっちゃ男前やんけ!なー、これ小学生の時のミツシゲ!」と初対面で意気投合し、並んで座って僕の小学校の時の写真を見てちっちゃいだの、かわいいだの言って笑っている。
「平山さんの写真は?」と先生に聞かれ、
「俺のはいいねん。さ、ミツシゲホームページが何やって?」とやっと僕の所へ来てくれた。平山君のおかげで格安で最高にかっこよくホームページはリニューアルされ、写真をデータで販売出来るようになり、カレンダーやパネルの注文も受けられるようになった。
そして、先生がインスタグラムで「かれんだーはじめました」とまるで冷やし中華の看板見たいな投稿をした日から、どんどん注文が入ってきた。自分が天文学者であることを忘れてしまったんやろか。製本の終わったカレンダーを一冊ずつ嬉しそうに封筒に詰める先生の姿に、僕は歴史を変えてしまっていないやろかと少しだけ不安になった。
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