第15話 拡散 逃亡
久しぶりに学生時代の友人からメールが届いた。また呑みに行こうという短い挨拶の後に、「後ろに写り込んでるのお前ちゃう?」という一文とともにURLが貼り付けられている。何のことやらと、クリックしてみたら女子高生のツイッターやった。
「お兄ちゃんの成人式の写真撮ってくれたカメラマンが、教科書に載ってるガリレオと激似でウケる。」というツイートとともに先生と本人のツーショット写真が載っている。確かに撮影中の僕も後ろに小さく写り込んでいた。困った事にこの女子高生はご丁寧にガリレオの肖像画も並べてアップしている。反響がすごかった。
「そっくり!本物かと思った。」
「授業でちょうど習ったところで笑った。」
「本人ちゃう?」
「どこに行ったら会えるの?」たくさんの返信があり、たくさんリツイートされ、ガリレオのそっくりさんは拡散されていった。
仕事に必要やから、携帯電話は渡してあったけど、SNSがどういうものかを全く教えていなかった。完全に僕のミスや。先生も先生で、お客さんの子供に懐かれると、いつも気軽に写真撮影に応じてしまう。
「先生はほんまはここにはいない人なんやから、記録として他の人の思い出に残ったらあかん。」と何度も注意したけど、断り切れなかったんやろうなぁ。僕自身SNSに疎く、こんな可能性を想定していなかった。
「先生、今の仕事早めに片づけて。終わり次第出張や。」その間、先生をなるべく外出させないようにして、数日かけて抱えている仕事を済ませ、新しく入る仕事は締め切りを遅らせてもらった。ホームページには
「研修のためしばらく予約を受け付けていません。再開時、改めてお知らせします。」と書き込んだ。何が起こっているのか全く分からない先生は不思議そうやったけど、僕は本当の事を何一つ説明せず、大きな鞄に荷物を詰めて先生を連れ出した。
無理やりかぶらせたキャップとサングラスはなかなか似合っている。
「どこへ行くん?」
「さて、どこへ行こうかな。」
「仕事ちゃうんか?」
「仕事やで。仕事というよりは、研修旅行ってとこかな。」何日になるか分からない逃亡に付き合わされる水色ビートルの後部座席は撮影機材とスーツケースでごった返している。同じ場所には居続けない方がいい。人がなるべく集まらない所にしよう。僕は自分の犯したミスから先生を守るために必死で車を走らせ続けた。
かといって、先生をビジネスホテルに軟禁するような事はしたくない。真冬に棚田を見に行ったり、桜の名所を訪れたりしながら転々とした。桜どころか、全ての葉が落ちた山は他の季節とは違って、水墨画の様な美しさがある。
「先生、ここは春になると桜が咲くんや。先生の時代の日本の武将が花見をしたって記録が残っとる。建物も少ないしほとんど400年前と景色が変わってないはずや。昔の偉人が見た景色と同じ景色を400年後のただのカメラマンが見とる。」
「その武将はこの時代に迷い込んで来ても、同じ景色があったら安心やな。」先生も400年という長い時間に思いを巡らせていた。同じ素材でどれだけいい写真が撮れるか、どれだけ写実的に絵を描けるか、劇画的に描いてみる、なんていろいろなテーマを決めて二人で競い合った。平日は温泉旅館をめぐり、人の移動が増える週末はキャンプをしながら星を観た。冬は空気が澄んでいるから、星が奇麗に見える。先生は楽しそうに、僕がやったのと同じ星の軌道の撮影に挑戦していた。その隙をみて僕は時々女子高生のツイッターをチェックする。SNSをやった事のない僕が、たった一人女子高生を「フォロー」し、記事とそれに対する返信、返信した人のツイッターを延々チェックしていく。
「なぁ、何しとるん?」先生に聞かれても「仕事のメール」とだけ答え、スマホを握りしめて過ごした。
「なぁ、いつまで研修なん?ミツシゲ隠し事しとるやろ。おかしいで、この旅行。」先生は焚火の世話をしながらちょっと怒っていた。
もう、結構長い時間を一緒に過ごしてきた。出発の時から先生はお見通しやったのかもしれない。僕は先生の写真が流出し、ちょっとした話題になっている事をツイッターの画面を見せながら手短に説明した。漢字が読めない先生はさらっと画面を見て顔を上げ、「ミツシゲ、アホか。」と一蹴して笑った。
「誰がこれ見て400年前から本物が来たと思う?ミツシゲやって信じられへんかったやんか。これ、本人見つけましたって言ってるんちゃうんやろ?会いたい人は来たらいいやん。もう帰るで。女子高生の興味なんてすぐ他のもんに変わるやろ。」確かに先生の言葉は理にかなっている。でも、この記事をどこの誰が見ているか分からないと思うと僕は不安を完全には拭えなかった。しかし、先生の言った通り、大物芸能人の結婚のニュースとともに、彼女のツイッターはその話題でもちきりになり、幸か不幸か先生は忘れ去られていった。二週間の放浪の末、恐る恐る帰宅するも、冷やかしで先生を見に来る者はおらず、仕事だけがたまっていた。
「な?もう隠し事すんなや。」本気で怒っている先生は肖像画のイメージ通りでちょっと怖かった。
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