第14話 ベガ
先生は時々思いつめた顔をして、何か考え事をしていたけれど、それ以外は何ら変わらない生活が続いた。ヒゲなしツーブロックのスタイルが気に入ったのか、まめに床屋に通い、時に髪を青く染めて帰ってきたり、サイドを稲妻模様に刈ってもらってきたりして、僕を驚愕させた。僕たちはサラリーマンじゃないから、そんな個性がクライアントには印象に残りやすく、また先生は人の懐に入るのが上手でどんどん仕事が増えていった。世界の偉人達は全員怒りっぽいに違いないと思い込んでいた僕は、これには本当に驚いた。僕の偏見は、多分音楽室に貼ってある肖像画が怖かったせいや。よくよく考えたら、あんなのにっこり笑って描いてもらう人はいないし、どの時代でも陽気な人も静かな人もおるやろう。それにしても、ガリレオ先生が人懐っこいのは意外やった。
先生がいい写真を撮るようになったのと、元々絵が上手な上にパソコンの使い方をマスターしてくれた事をきっかけに、事務所の名前を「ベガ」に変えた。今まで何も考えずに自分の名前で仕事をしていたけど、先生が描いた絵や先生が撮った写真を使う時に、社名を入れる事にした。たくさんの雑誌や広告のポスターや企業のホームページに自分の作品が使われ、その隅に「Vega」と書かれている事が先生にとってはとても嬉しいことのようやった。
先生ご指名で仕事がくるようにまでなった。雑誌を見て、この写真を撮った方に仕事をお願いしたいとかかってくる電話に僕は正直どうやって対応したらいいのか分からなかった。出来たらあまりクライアントに先生を会わせない方がいいんじゃないかと思った。でも、先生は
「ミツシゲ、私は今ここでミツシゲと一緒に出来ることは全部やるで。」と言い張って聞かず、打ち合わせにも出席し、見事に客の要望に叶った作品を締め切りに間に合わせて届けた。
ベガが軌道に乗り、少々働き過ぎたと感じた時は、二人で休暇をとり、星を観に出かけた。天体望遠鏡を借りられるロッジには何度も通い、僕たちはすっかり常連さんになった。でも、先生は最初の天体観測の時にはあんなに喜んでいたのに、今ではキャンプをしながら空を見上げる事の方が楽しそうやった。星を見上げる先生は、とても穏やかな表情をしていながら、何か考え込んでいるようにも見えて、僕は少し不安になった。でも、そんな心配をよそに、僕が仕事で手が離せない日に、一人でキャンプ場に出かけ、また全身を虫に刺されて帰ってくる事もある。
「先生、あかんて。たいがいにせい。」夢中になったら子供になってしまうおっさんに、僕はハンモックを買ってあげる事にした。これで、草の上に直に横になる事もなくなるやろう。先生も「これは便利や。」と喜んでくれた。それにしても、横になった状態で起き続けていられるってすごいな。時間が不規則な仕事をしているから、夜に起きていることは苦手ではないけど、横になったら僕は絶対に眠ってしまう。やり続ける事、好奇心を持ち続ける事が、ただの星好きだった少年を歴史に名を残す偉人にしたんやな。小さな自室でハンモックを広げてしまい、元に戻せなくなっているおっさんを手伝いながら思った。
二人で星を観ながら、たくさんの他愛もない話をした。もう、先生がガリレオなことや、過去のことや未来の話はしなくなっていた。先生には思う所はたくさんあるやろうけど、あえて今の話をしていた。
一人で出かけると先生は、せっかくの虫よけネットがついたハンモックを
「ネット越しでは星が見えづらい。」と全開にして夜を明かし、結局虫に刺されて帰って来たり、一応テントも持って行けという僕の言う事を聞かずに、ハンモック一つで出かけて夕立に遭い、ずぶ濡れになって帰って来たりした。
ただのおっちょこちょいで、子供がそのまま大人になったようなおっさんが、実はガリレオであることを僕はどんどん忘れていった。
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