第12話 告白と決断

 どの位の時間が経ったんやろう。僕は言葉も呼吸も忘れ、その場に呆然と立ち尽くしていた。先生にサクライさんの缶コーヒーを握らされてハッと我に返った。まだかすかにうるんでいる青い瞳がまっすぐこっちを見ている。


「そんなんありえへんやろ。」一口コーヒーを飲み、深呼吸をして、やっとの思いで僕の口から出た言葉はたった一言やった。文字通り、頭の中がこんがらがっている。「どないしたらそんな事になるんや。マンガでしかそんな話ないで。」

「私にも全く分からないんや。気付いたらあの日あの場所で座り込んでいた。」


 日本語も話せず、パスポートも持たず、身一つで座り込んでいた先生の姿を思い出した。テレビも車も何も知らない先生をただの田舎者だと思っていた。観察しながら描いた月の絵を見て、単純に上手だと感じた。先生が本当にガリレオ本人だったら、一緒に暮らしていて、時々湧いては消えて行った小さな疑問達が一度に解決する。でも、本当にそんな事起こるんやろか。


「いつか時期をみて打ち明けようと思ってたんや。400年の昔から来たなんて、信じてもらえるはずないのは分かってたし。それに、まさかこの時代まで、それも異国で自分の名前が語り継がれてるなんて想像もしてへんかった。」ぽつりぽつりと再び話し始めた先生の瞳からまた涙が溢れてくる。

「先生あかん。泣いてる場合ちゃう。散髪行くで。」ようやく我に返って、僕は先生を表へ引きずり出した。今一緒にいるおっさんは間違いなく本物のガリレオ先生や。でもそれ以前に僕にとっては大切な友人であり、仕事仲間や。過去の偉業なんてどうでもよかった。けど、周りはそれを許さないやろう。


「先生、もし誰かが先生のことをガリレオだと言いだしたらまずいことになる。そいつがアホな事言うとるで話が済めばいいけど、本人やってバレてもうたら、もう普通の生活は出来ひんで。」僕が話している事が先生には理解できないようやった。タイムシープとはどういうものなのか、400年前の人はどのような暮らしをしていたのか、天文学者ガリレオはどんな声で何を話すのか、世界中の人が知りたがる。先生はきっと捕まって、病院でいろんな検査を受けさせられ、それが終わったら、毎日眠る時間もない程の質問攻めに遭う。二度と僕の家には戻ってこられへん。僕だって、先生と暮らしてた事が世に知れたら、テレビカメラに追いかけまわされる。


「先生、ええな?理由が分からなくても、今の先生は天文学者やない。星が好きなただのおっさんや。僕のアシスタントや。」

床屋の椅子に座らせて、間髪いれずに

「ヒゲ全部剃って。サイドはツーブロックにして。」とお願いした。

「ほんまにええの?」客本人が何も言わずに、僕が入れるオーダーに店員は戸惑っている。ようやく事態を理解した先生は鏡越しに

「お気に召すまま。」と言って笑った。シェイクスピアと同じ時代か。僕も黙って隣の椅子に座り、一緒に髪を切ってもらった。すっかり今風になった先生と、今まで通りの僕。

「先生、もうちょっと太った方がええな。その方がもっと分かりにくくなるで。」

帰る道すがら、何とか笑顔を取り戻した先生と二人、大きな肉と、いつもより少し高いワインを買って帰った。

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