第11話 それでも地球は動いている
大きな荷物が届いた。いつものようにそのままミツシゲに渡そうとしたら、
「先生、それ開けてみて。」と言われた。中味はパネルだった。夜空に一つ星が光り、その周りに弧を描くように光の線が無数に写っている。
「前に一緒にキャンプ行った時に一晩かけて撮った星空や。なかなかいい出来やったから、先生の部屋に飾ろうと思ってパネルにしたんや。プライベート写真を引き伸ばすなんて、久しぶりやなぁ。」ミツシゲはカメラの仕組みを教えてくれた。一枚の紙に一瞬を記録する事も、長時間を記録する事も出来る。長い時間をかけて撮影されたたくさんの星たちは美しい光の軌道をパネルに描いていた。
「一つ真ん中にあるのが、北極星や。こう見たら昔の人は星が動いてるって、そら思うわな。自分が動いてるとは思わへんわ。」パネルを飾る位置を決めながら、
「それでも地球は動いている!」とミツシゲは言った。ハッとして私は尋ねた。
「ミツシゲ、地球は動いているのか?」私の問いに、飾りかけたパネルをいったん床に降ろし、ミツシゲはポカンとして振り向いた。
「先生、ガリレオの名台詞知らんの?ほな、なんでガリレオなんて名乗ってるんや?同姓同名か?ガリレオってイタリアの人やなかったっけ?違うんかな。日本でも学校で習うのに、ヨーロッパの先生がガリレオ知らんの?」
「学校で習う?」
「そうやで、僕は小学生の時に伝記読んで感想文も書いた。夏休みの宿題で。」
・・・昔は天動説が信じられてたやんか。そんな中でガリレオは地球の方が動いているって言い続けて、裁判にまでかけられたんや。もう地動説は唱えませんって約束させられた。失意の天文学者。地動説が正しいって証明されて、今では天文学の父って言われてるけどな。先生、ガリレオに影響受けて星が好きなんちゃうんか?確か天体望遠鏡作ったのもガリレオやったと思うで。・・・・。
目の前で話し続けるミツシゲの言葉が全く耳に入らなくなっていった。彼が本家と言っていたのは私自身の事や。400年の時を経て尚、私は異国でも偉人として名を残している。堪え切れず大粒の涙が頬を伝った。無駄に重刑に処された事への激しい怒りと自分の出した結論が間違っていなかった事への大きな喜びが混ざった複雑な慟哭。
「おいおい、急にどないしてん。僕何か気に障る事言うたか?」慌てるミツシゲの前で、私は道に迷った子供のように声を上げて泣き続けた。この時代では地球は丸く、太陽の周りを回りながら自転している事は呼吸をすることと同じくらい当たり前で、自分達が巨大な球体にへばりついて生きている事を、皆知っていながら忘れているのだ。
「先生、ちょっと座り。パネル、気に入らんかったら飾るのはやめよう。どないしたんや。」ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した私は、泣きながら素直に言われた所に腰を下ろした。いつまでも泣きやまない私にミツシゲはサクライさんの缶コーヒーを持って来た。
「ちょっと飲み。何があったんや。」コーヒーを一口飲んで、ようやく喋れるようになった私は
「パソコンを貸してくれ。」とミツシゲに頼み、持ってきてもらったノートパソコンの検索エンジンに自分の名前を入力した。画面に大量に写しだされる肖像画と同じ顔の人間が目の前にいる事に、今度はミツシゲが言葉を失う番だった。
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