第4話 旅券・査証・就職

 「先生、パスポートもビザも持たずに長期滞在なんておかしいやんか?」パスポートの意味が分からない私にミツシゲは困惑している。それでも見捨てることなく。場所は近くのレストラン。夕食を共にしながら、相談の続きである。

 

 「言葉が通じないだけなら何とかなりそうやけど、パスポートもビザもなしで働いたら違法やで。」ミツシゲの話を聞いていて、異国に行くために絶対必要な物を私は持ち合わせていないらしいということは分かったが、そもそも私は大昔に死んでいるはずの人間で、全く解決策が思い浮かばない。ただでさえ口数の少ない私が黙りこんでしまったのを見て、

「一個だけ手があるで」とミツシゲが笑った。

「僕のアシスタント。どうや?たいしたお給料は出されへんけど、お金が貯まったら何とか貸してくれる家を探したらいいし、アルバイトくらいならみつかるやろうから、それまでうちで僕の仕事手伝ってくれへん?」


 そのかわり、とミツシゲは続ける。

「仕事は『なんでも』やで。住み込みのアシスタントやから。掃除や食事の支度も頼むで。」と不安そうに言葉の続きを待っていた私に笑いかけた。渡りに船だ。なんとありがたい。料理や掃除は得手ではないが、精一杯仕事をさせてもらおう。

「服はとりあえず、僕の着なくなったやつがあるとしても、足りない物を揃えに行こか。」


 夕食を終え、ミツシゲは近くの大きなマーケットに私を連れて行った。私を驚かせたのはその広さだけではなかった。建物の中の階段は人が歩かなくてもいいように、自動で動いている。動く階段があるのに、それとは別に上の階へ行くための自動で動く箱もあった。怖くて乗りたくない。動悸と目まいを感じ始める。幸い、ミツシゲが買い求めようとしていた物は1階にあった。「先生、どれにする?」下着、肌着の類だ。私が普段使っている物と随分姿、形が違う。進化であり、流行なのだろう。ボクサーブリーフってなんだろうと思いながら、一番シンプルな物を一通り揃えてもらい、他の日用品も買い足して、二人で大きな荷物を抱え、家路に着いた。


 「ここ便利やろ。何でもたいがい揃うし。だからここに歩いて行ける今の場所に住む事にしたんや。車でわざわざ出かけるの面倒やからな。」

あの鉄の箱は車というのか。少しずつ覚えていこう。

「星が見えない・・・。」

私はハッと気づいて思わず口に出してしまった。もうすっかり日が暮れているのに、火ではない物で至るところが明るく照らされ、街が全く暗くならないのだ。

「こんな街中で星はなかなか見えんなぁ。先生星が好きなんか?本家と一緒やん」とミツシゲは笑う。

「今度山の撮影の仕事があるから一緒に行こうや。あそこなら天気が良かったら絶対いい景色見れるで。」山に行かないと星が見えない?そして本家って何の事だろう。私に分かっている事なんてほとんど何もないのだ。いちいち悩んでいる場合ではない。ここで暮らさなければならないなら、それを楽しむまでか。私は腹を括った。

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