第47話 夏の日のきらめきは永遠に

夏が近づいてくると思い出す。彼女と出会ったのは、北の街の短い夏の、永遠で刹那なきらめきの中だった。もう随分と高齢だった。けれどそれを感じさせない。背筋はしゃんと伸び、身のこなしは軽やかで颯爽としていた。


名前を出せば、知る人ぞ知る屋外芸術施設の創始者である。けれどここでは割愛したい。ただ、夏のある日の忘れられない瞬間を共有していただけたら。


家人に同伴して到着したのは作品制作のための滞在スペース。荷物を置いて、ちょっと散策でもドアを開ければ、そこに彼女は立っていた。隣の建物が彼女の居住スペースだったのだ。


あら、いらっしゃい、まあ、お茶でも。気がつけばなんとも居心地の良いリビングルームに通され、創設当時のあれこれを聞いていた。と、彼女が手を叩く。


じゃあ、見に行きましょう。一番好きな場所を紹介するわ。


歩けばそこそこの距離だが大丈夫だろうかと思いつつ、私は歩道へと足を向けた。違う違う、こっちよ。だって私、おばあちゃんだから。澄ました顔で言う彼女が指し示す先にあったのは古めかしい水色のセダンだ。


シートに座れば、どこにも見つけられないシートベルト。隣を見れば、当たり前だといわんばかりの顔。窓全開(エアコンももちろんなし)腕を窓枠に乗せて陽気に笑いながら片手運転する彼女はおばあちゃんなどではない、どこぞのシネマ女優のようだ。見渡す限りの丘陵地はほぼ湿地帯で、マーガレットが無数に咲いていた。空が青く大きく、私たちは果たしてどこへ向かっているんだろうと錯覚するほどに美しい光景だった。


あっという間のドライブが終わり、次いで芝生を踏んでいく。近くに池でもあるのかカエルの大合唱が始まった。ね、いいでしょ。彼も私も大好きだったの。とうに亡くなった旦那様との思い出を彼女はさらりと風に流した。


木漏れ日、少女のような笑顔。お気に入りの場所で、大好きな人と過ごす時間はかけがえのないものだっただろう。色が音が香りが、私の中で混ざり合って甘く微笑んだ。


その夜、驚くほどの星空の下、またもやカエルの大合唱に誘われて昼の歩道に出れば、見えないはずのマーガレットが闇の中に浮かび上がっていた。蛍だ。蛍の群れ。視界いっぱいに飛び交う光。ただただ圧倒された。ね、いいでしょ。嬉しそうな声が聞こえたような気がした。遠くでコヨーテが鳴いていた。夏の夜の幻のような瞬間だった。


今はなき彼女との思い出。いつまでも、美しい夏の日の光とともに。

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夢か現か、欧州びいきのロングアイランダーはかく語りき クララ @cciel

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