第37話 (仮)クララと水をめぐる考察1
その朝、私は歯磨きをしていた。光がバスルームに満ちていた。何度も引越しをしたから、いろいろな家のあちこちが重なって、おぼろげになっている箇所も多いけれど、ブルックリンのバスルームのことはなぜだかとても鮮明なままだ。
床も壁もタイル張りだった。突当りはバスタブで、壁は目の高さでちょっとした出窓になっており、隣のビルとの間の裏庭的な空間に面していた。閉鎖的なようでそこからは朝の光が結構入った。バスルームを乾かすための風も、ブルックリンらしい大騒ぎや喧騒も。
そんなバスルームで歯磨きをしていた。その時、なんとも小気味の良い音がした。次の瞬間、私は自分に向かって伸び上がってくる水しぶきを見た。
すぐにやってきたビルはうちのアパートメントのメンテナンススタッフだ。私を振り返って大げさに肩をすくめてみせる。
「何が起きた。長いことこの仕事やってるけど、こんなのは初めて見たぞ」
「いや、歯磨きしてただけ」
「歯磨きなあ」
壁からトイレのタンクへと細い金属のパイプが伸びていて、その真ん中がまるでパイプカッターで切り取ったかのように吹き飛んでいた。もちろんすぐに壁際の元栓を閉めたからバスルームが水浸しになるようなことはなかったけれど。
起こったことは衝撃的だったけれど、修理は簡単だった。いや、これ、マジすごいな、と笑った後、ビルは鼻歌を歌いながら手際よくやってくれた。
「もう大丈夫だ。安心して歯磨きできるぞ。でも、もう壊すなよ」
「だから、私じゃないって」
どんな星のもとに自分が生まれたか、考えたことがあるだろうか。まるで引き寄せられるかのように気がつけば重ねられていくものとか。私の時間のあちこちに水が噴き出している。一体どうしたことかと毎度苦笑しかない。見事すぎてお手上げだ。
いつかそんな出来事をまとめて、「クララと水をめぐる考察」なんてタイトルで書いてみるのも悪くない。そうしたら、人類の密やかな神秘の端っこを垣間見るくらいはできるかもしれない。
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