第5話 ルネサンスな運命が結びつけてくれたもの

私の恩師はイタリアルネサンスの専門家だ。レオナルド・ダ・ヴィンチを語らせたらもう……。しかしそんな彼は卒業を前にした私たちを置いて客員研究員としてロンドンへ。


そんなわけで私の卒業旅行は迷うことなくイギリス。久しぶりの恩師とウォータールー駅で待ち合わせてハンプトンコートへ。人気のない午後の宮殿内を歩きながら話に花が咲く。


「最近、何の本を読んだ?」

「ルクレツィア・ボルジアです」

「そうか、どうだった?」

「彼女にさらに興味が湧きました。いろいろ調べてみたいです」


私の言葉に恩師が喉の奥で笑った。ちょうど一枚の肖像画の前に来た時だ。「フローラ」。それはルクレツィアではないだろうかと言われている名高いもの。


「先生、これって……」

「ああ、すごい偶然だね、呼ばれてるんじゃないか?」


茶目っ気たっぷりに先生がまた笑った。しかし残念ながら、私が好きなルクレツィアはヴァチカンにある。ボルジアの間 第5室にある壁画の一部に描かれたもの。それはアレクサンドリアのカタリナに扮したルクレツィアだ。


それでも、何とも印象深いこの出会いにクスリと笑ってしまう。こういうのは運命の一つだと思っていいだろうか。その日、噂に聞くパレスの幽霊たちに遭遇することはなかったけれど、私は遠いところから何か一つ、手渡されたような気がした。


ちなみに私はチェーザレ・ボルジアが大好きだ。それはもう、ルクレツィア以上に。彼は、恩師の”ダ・ヴィンチ”の良き理解者で一時的にそのパトロンだった。そして……麗しのルクレツィアの大切な大切な兄上だ。


ああ、そうか。もしかしたら早春のイギリスで、ルネサンス世界の案内人みたいな恩師立会いの元、私はスーパーブラコンの妹に、ご自慢の兄を改めて紹介されたのかもしれない。なんともありがたいことだ。

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