キライ玉

綿引つぐみ

キライ玉

 わたしはそれを萌未からもらった。

 キライ玉。

 一度だけ誰かを殺せる。


 最初にその名まえを聞いたのはちょうど一年ぐらい前だった。

 隣のクラスの子が飛び降り自殺した。彼女は表向きは良い子だったけど、実はいじめっ子で、とてもいやらしいいじめかたをして、そのせいで学校に来なくなった子が何人もいた。その中の一人はチカという子で、チカは彼女が飛び降りる直前に転校していった。

 そのチカが転校前に、自殺した彼女に呪いをかけていたのだという。呪いは成就して、彼女はこの世から消えた。

 事件の直後、そんな噂が学校中に広まった。その噂に出てくる呪いのアイテムというのが「キライ玉」だった。


 キライ玉。

 握れば手のひらに隠れるほどの、ピンポン玉くらいの小さな玉。

 一度だけ誰かを殺せる。

 あるとき自分の身体から突然わいてくる。

 内に秘めた憎悪が引き金になるともいう。

 それを殺したい相手の身体に押し込む。

 するとその相手は死ぬ。死に方はいろいろだけどとにかく死ぬ。

 死んだ後はまた誰かに移る。

 殺された人の近くにいるひと。その人の身体からふたたびわき出す。

 噂ではそんなふうにいわれている。


 わたしにキライ玉をくれた萌未は普通の子だ。その子の左の胸からそれは現れた。

 彼女とはずっと同じクラスだったけど話したことはあまりない。

 でも彼女はわたしがそれを必要としているのを知っていた。だから譲ってくれた。それにたぶん萌未も、気持ちはわたしとおんなじだ。似たような経験をした仲間だから。でも自分では使う勇気が出なかったのかもしれない。分からないけど。いずれにしても萌未はくれて、いまキライ玉はわたしの手の中にある。

 それはきらきらとしたシャボン玉のようで、そっと触れるとさわれるけど、強く握ろうとするとするりと逃げてしまう。半分実体で半分影のような、とても不思議なものだった。ときどき中が揺らめいて、何かの卵のようでもある。

 わたしはそれをそっと両方の手のひらで包んだ。


    ☆


 胸が高鳴る。

 自分の心臓の鼓動を意識するのは久しぶりのことだ。

 もうずっと、わたしの心臓は止まっていたんだと思う。

 わたしには復讐したい相手がいる。

 わたしの大切な人を殺した相手。その人が殺されてからもうすぐ一年だ。

 長い一年だった。

 その人を失ってからわたしは生きているのがつらくて仕方なかった。眠るのがつらい。ごはんを食べるのがつらい。

 その人のために何かしたい。でもわたしにできることは何もなくて。

 ずっとずっとぐるぐる回る観覧車に閉じ込められたような気持だった。けど、やっとその扉が開いてわたしは地上へと降り立つ。


 そこははじめて降りる駅だった。知らない街並み。改札の出口でしばらく待っていると彼女がやって来た。

 わたしは彼女の名前を呼んだ。

「チカ!」

 彼女は振り向き、一瞬驚き、すぐ笑顔になった。

「偶然だね」

 本当は偶然でもなんでもなかった。調べて、やっと見つけて、待ち伏せしたのだ。

「急に転校しちゃったからびっくりしたよ」

 そう。彼女が殺した。私の大切な人を。

 大切な人、沙希はキライ玉によってチカに殺された。

 自殺なんてするような、そんな子じゃないのに校舎から飛び降りた。

 キライ玉に呪われて、操られて。

 チカが殺した。

 チカが殺した。

 チカが殺した。


 確かに沙希はチカやその仲間の子たちにとてもひどいことをしていたけど、あれは全部わたしを守るため。本当にいじめられてたのはわたしだった。

 沙希はわたしのあこがれで、わたしは沙希を愛していた。とても好きだった。

 いくらわたしを守るためとはいえ、沙希のやったことは度が過ぎている。彼女たちに怪我をさせ、脅迫し、お金や物を奪った。関係ない普通の人から見れば、チカたちと同類と思われるだろう。

 でもそれが何だっていうの。

 沙希は先生たちが思っていたような優等生ではないけれど、ただの頭の悪いいじめっ子でもない。

 わたしの目に映る沙希は、まばゆいくらいとてもとても素敵な子だった。


 しばらく他愛もない話をしてチカとわたしは「ばいばい」をした。

 話の中で、もしかしたら彼女はちらっと「あのときはごめん」などと言ったかもしれない。そんな気もした。

 でもだから? それがいったいどうだというのだろう。

 別れ際、わたしは背を向けた彼女の背中に、気づかれないようにキライ玉を押し込んだ。それは何の抵抗もなく、身体の中に吸い込まれていった。

「ん、なに?」

「ううん。なんでもない」

 彼女は不意にわたしに触られて、意外そうな表情をした。

 あるいはわだかまりが少しは解けたとでも思ったのだろうか。


 そうして数日後、チカは死んだ。

 キライ玉を使って、わたしが殺した。

 死の理由は分からない、死んだことだけが噂で流れてきた。


 しばらくして体育の着替えの時、肩のあたりからキライ玉が浮き出しかけている子を見つけた。一度手にしたことのあるわたしにはすぐ分かった。でも本人はまだ気づいてないらしい。きっともうすぐ気づくだろう。そうすれば。

 噂のことは誰でも知っている。

 優亜という、誰にでも優しいふわふわとしてかわいい子。

 そのきらきらした美しい玉を、あの子は誰に使うのだろう? 

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