第12話

 「一縷いちるの心魂よ、静寂しじまの内より眩暈くるめきの世へといざたまへ」


 両の手を合わせながら、シミリィの亡骸に向かって詠唱する。


 すると、眩い光がシミリィの身体を包み込み、そして光が消えた時には、倒れているシミリィの隣に彼女と同じ容姿をした人物が立っていた。


 その光景を見たアルヒは、覚束無い足取りで、何度も転びそうになりながらも足を踏み出して、彼女の前へと向かった。


 「シミリィ、なのか」


 「うん、お兄ちゃん」


 「ホントに、ホントにシミリィなのか」


 「そうだよ、アルヒお兄ちゃん」


 「シミリィ…ホントに、本当にごめんな…」


 アルヒの悲涙が、シミリィの魂を通り抜けて地面に溢れ落ちる。


 具現化しただけで、それは単なる幻想なのだ。触れることなんて出来ないのだけれど、しかし、それが分かっていてもアルヒとシミリィは抱擁し続けた。


 アルヒは謝罪を。


 シミリィは「ありがとう」と感謝を伝えながら。


 身体から魂が切り離されるその時まで、二人は抱き合い続けた。




 たった数分だっただろう。


 気が付けばアルヒの腕の中に、シミリィの姿はなかった。


 あるのは、魂の抜けた、本当に亡骸と化したシミリィの身体だけだった。


 「あれ、僕はどうして泣いて、何で、誰に謝ってたんだろ」


 アルヒは完全にシミリィの存在を忘れていた。だから目の前に倒れている死体を見ても、それはスポイルに負けて倒れた勇敢な戦士だったのだろうと判断した。


 本当の事を、アキナは言わなかった。


 二人は死体をその場に埋葬して、そして来た道を引き返して無事、《失いの森》を抜け出すことに成功した。


 その後ギルドに戻って予想通りの大量の報酬をもらい、二人は帰宅をした。


 「今日は本当にありがとうございました。アキナさんがいなければ、僕はスポイルにやられていましたよ」


 約束通りアキナが貰った報酬が、卓の上に並んでいた。きらびやかに輝く硬貨は、あまりにも眩しくて直視出来なかった。


 「ううん、あなたは私がいなくてもきっとスポイルには勝てたと思うわ」


 「スポイル“には”?」


 「あ、えっと、何でもないわ、言葉を間違えちゃった。スポイルに勝てたと思うわ、ね」


 「ああ、そういうことですか。僕の知らないところで別の敵がいたのかと思いましたよ」


 彼女のことを敵という表現をするのは、些か心が痛むが、しかし、もしあの場で二人の関係が美しく終わらなかったら、きっと彼女はアルヒの心を蝕み続ける敵となっていたに違いない。


 「あなたが死ななくてホント良かったわ」


 「アキナさん…」


 「それじゃ、私は帰るわ。報酬は、四分の一で十分よ、あとは、あなたが貰って」


 「え、いやでも、それじゃ約束と違いますし」


 「いいのよ、私は名のある家の娘なんだから、お金は沢山あるわ」


 「むっ、そう言われちゃうと全部貰っちゃいたくなります」


 「さ、さすがに全部は無理だわ」


 「ハハハ、冗談です。ではアキナさん、お気をつけて」


 「うん、アルヒくんも。元気でね」


 そう言ってアキナは、卓上に置かれていた甘過ぎるココアを飲み干して、彼の家を後にした。


 どこに向かうでもないアキナの口内には、しばらく二人の味が残り続けた。

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自殺飽女は死を嫌う ナガイエイト @eight__1210

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