第10話

 「あれが、スポイル?」


 その見た目は随分と見慣れたもので、それはただのニホンザルと相違ない生命体だった。まぁ、アキナは猿の種類に詳しくないので、果たしてそれがニホンザルと相違ないのかどうかは分からなかったが、感覚的にはそう感じ取った。


 あっけらかんとして間の抜けた声を発したアキナに対して、アルヒはその真逆であった。


 「警戒を緩めないでください。通称 《スライムモンキー》スポイル。奴らは自身の身体をどろどろにして、人間の耳から脳内に入り込んで全てを奪います」


 「耳から!?」


 「はい、そして脳を占拠して、洗脳を開始します」


 アキナのスポイルの一拐いの手口は、まず力業で人間を拐っていくものだと思っていたのだが、実際はそれよりも一層グロかったらしい。


 「てか、やっぱファンタジーの世界では、スライムが最初の敵になるのね」


 王道から少しずれてはいるが、しかし大きな視点で見れば、現状のアキナは王道ファンタジーゲームのシナリオを沿っていた。


 「ホントに強いの?スライムよ?」


 ゲーム内では、よくよく最弱キャラクターとして物語序盤に出現し、呆気なく主人公に倒されてしまうものだが、果たして現実ではどうなのか。


 それは、普通に考えれば分かるようなものだった。


 「強いです。現状はああやって形を保ってますけど、いざ戦闘になると奴らは液状化し、スライムになります。液体には、物理攻撃は効きません」


 「だよね」


 ファンタジーゲームの世界には、物理なんてものは無関係だ。触れられない幽霊にでも、殴る蹴るが当たることがある。


 現実とゲームを比較してはいけない。


 夢と現実は違う。


 「倒す術はあるの?」


 「ある、この刀で倒す」


 「物理攻撃は効かないんじゃ」


 「うん、ただの刀じゃあ倒せないけど、この刀は特別なんだ」


 「特別?」


 それはどこからどう見ても普通の刀で、思うところがあるとすれば、柄に変な宝玉がハマっているくらいなのだが。


 「その玉が関係あるの?」


 「そうだよ。これは魔法の使えないような人の為に、世界の叡智であるプライオリトさんが作ったマジックボール。これを武器に使えば」


 アルヒは刀を一振した。


 「魔法の使えない僕でも炎を生み出せる」


 振られた刀からは突如として炎が立ち上った。


 「さぁ、群れも集まってきたみたいですし、そろそろ戦闘になりますよ」


 「え、群れ!」


 そういえばスポイルを語るとき、アルヒはずっと奴“ら”と言っていた。


 それに気付いた時には、既に囲まれてしまっていた。


 そして、長であろう一番はじめに出てきたスポイルの咆哮により、推定百体のスポイルが二人に向かって走り出した。


 「私はどうやって戦えばいいのよ!」


 途方に暮れながらも、しかしなんとか回避行動を続けるアキナに対して、


 「てあああああああああッッ!!」


 アルヒは初めて会った際の彼とは一線を期して違った。


 アキナは彼の事を心の弱い貧弱な少年だと思っていたが、しかし今の彼を見ていると、彼の印象を改める必要があるなと感じた。


 次々とスポイルを一刀両断して、スポイルの内部から全て燃やし尽くしていく彼は、さながらヒーローのようで、アキナは初めてそんな少年を見た。


 誰かの為に本気で戦う人を初めて見た。


 「それに比べて私は」


 フィーネの逸脱した身体能力を発揮しながら、自分の為だけに、飛びかかってくるスポイルを匕首で切りながら回避を続ける。


 回避を続ける中で、スポイルがどうやって自身の形を保ったり、液状化したりするのかはすぐに分かった。


 匕首でスポイルを切り裂いた瞬間に、通常よよりも早い鼓動を刻む心臓がボトリと落ちた。


 特になにも考えずに、心臓が気持ち悪いので蹴り飛ばした瞬間に、スポイルはドロドロになり、次第に地面に吸収されていった。


 「ダイラタント流体ね」


 正体が分かったところで、アキナは次々にスポイルの心臓を取り出して、数十体のスポイルを地面に吸収させて倒した。


 その間にアルヒも大量のスポイルを撃破して、そして最後の一体を蒸発させた。


 「アキナさん、あとは長だけです!」


 勇敢な少年フェノメノン・アルヒは走り出し、最後の最後、渾身の力を振り絞って業火に包まれている刀をスポイルの長に振り下ろした。


 が、それはスポイルの身体に当たる寸前の所で止まってしまった。


 「う、嘘…」


 挙動がおかしくなったアルヒを眺めていたアキナは、彼の正面にいる液状化して透明な液体になったスポイルの中にいる少女の存在に気が付いた。


 「シミリィイイイイイイイイイッッッ」


 世界を切り裂いてしまいそうな彼の叫び声は、既に死んでしまった愛おしき妹に届くことはなかった。

 

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