第9話

 トンネルを抜けた先は、現代世界と相違ない、どんな時代でも変わらず存在し続けてきた生命が生い茂る森だった。


 「じめじめして気持ち悪いわね。それになんだか臭いわ」


 「ここら辺はスポイルの縄張りで、糞尿も沢山落ちてますから」


 「え?家の近くにある短いトンネルを抜けたらすぐスポイルの縄張りって何、どういうこと、危険過ぎない?」


 歩いた距離は150メートルにも満たない短い距離だ。そんな気軽に行けるような距離に敵の住み家があり、そんな近くに家を設けるなど、命を軽んじているとしか思えない。


 「ああ、違います違います。僕の家とここの距離は、王国2つ分くらい離れてます」


 妹を拐われて未だに救うことが出来ず、そのことによってついにタガが外れたのか、突飛なことを言い出したアルヒ。


 「んなわけないでしょ、歩きだして5分も経ってないわ」


 もしかすると、王国というのがたかだか直径75メートルの小さい小さい範囲のことを言うのであれば、彼の言うことは正しいだろう。しかし、どんな世界を探しても、横幅直径75メートルの王国など存在しないだろう。


 現代世界にある世界一小さい国、バチカン市国ですらもっとあるというのに。


 「えっと、知らないんですか?」


 またもや彼は、アキナが知らないその謎現象が常識であるといった口振りで訊いてきた。


 クエストに関しては、まぁ現代世界でも触れていた上、正式な名称もあったので推測は容易かったが、しかしこれに至っては無理だ。情報がトンネルを抜けたら国2つ分離れた場所出たということしか分からない。


 と、考えてみれば随分と親しみのある、よくよく元の世界でも触れていたものだと、アキナは気が付いた。


 「テレポート魔法ね!」


 「そんな自信満々に言われても。それにテレポート魔法はイマジナル家の本分じゃないですか?」


 「そ、そうね」


 全く知らないなんて言えない状況に陥ってしまったアキナは、もう誰にも頼ることが出来なくなってしまった。


 使い方を誰かに訊けば、その時点で現在のフィーネがフィーネではないとバレてしまい、そして待ち受ける未来は打ち首だろう。


 「自力で、どうにか、魔法を…」


 ポツポツとそう呟き、アキナはアルヒの隣を歩く。


 じっとりした汗が額に浮かび始めた頃、アルヒが突然足を止めた。


 「アルヒどうしたの?」


 アキナよりも多量の汗をかいているアルヒは、落ち着いた息遣いで辺りを見回す。


 「どうやら、着いたみたいですね」


 「え」


 アキナにとって、絶望とも言えるそのセリフ。


 「着いたってもしかして」


 「ええ、ここがスポイルの住み家、《失いの森》の最も深い場所です」


 アルヒは刀を鞘から抜き出し、アキナは服の内側に仕舞っておいた匕首を、心許ない武器だなと思いながらも一応構えて、二人は臨戦態勢に入る。


 するとその瞬間に、二人の敵意を感じ取ったのか、雄叫びをあげながら突如として奴は現れた。


 「来ました、スポイルです!」

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