EP5 氷棺の魔導書(2)
ヒト族の少年ハトリが森に姿を現したのは三年後だった。
エルフ族のフローマリからすれば、僅かな時間だ。
しかし、14歳になったハトリは、背も伸びて、弱弱しい小さな子供ではなくなっていた。
「ヒト族の子よ、何をしに来た」
フローマリは姿を見せずに声を森へ響かせる
「エルフ族のフローマリよ。ヒト族の子ハトリだ。三年前貴方が助けてくれた。」
フローマリは思い出した。気まぐれに墓標を立てた事を。
「貴方の氷の棺が溶ける前に、母たちの遺体を埋めてやれと言いました。それで私は戻って来たのです。」
ハトリは森に向かって叫んだ
「ならばそのようにするといい。しかし、森の奥へ入らぬように」
フローマリはそう警告した
ハトリが土を掘り、氷の棺の遺体を埋めるのかと思ってフローマリは樹上から眺めていたのだが、ハトリは予想外の行動に出ていた。
ハトリはなにやら魔法の詠唱をはじめる。
ほどなくして放たれた魔法は、フローマリの氷の棺に向かって疾る。
ハトリの両手からは、真っ白い氷の結晶と冷気が放出されている。
それが、氷の棺に降りかかり、ジワジワと溶けかかった部分を凍らせていく。
しばらくして、ハトリは3つの氷棺すべてを改めて凍らせ終えた。
「何をしている?」
フローマリはハトリの傍へ降り立ち、声を掛けた。
突然後ろから声をかけられ、ハトリはビクッとして振り返る。
そこには三年前、11歳のハトリを助けた青銀のエルフが居た。
身長はハトリとそう変わらない。
表情は少なく、切れ長の瞳と長いまつ毛は真っ直ぐにハトリを見つめている。
青みかかった銀髪に、美しく白い肌。
完成された造形美のようでいて、あどけない少女の面影も残しているような、不思議な見た目をしていた。
「フローマリ。エルフ族のフローマリですね。」
「いかにも。お前はあの時のヒト族の子だな、何をしている?」
フローマリは重ねて尋ねた
「貴方は氷が解ける前にここへ来て、母たちの遺体を土に埋めてやれと言いました。しかし、この美しい氷の棺を壊すのではなく、永遠の棺にしようと思ったのです。」
ハトリはそう言ってまた氷の棺の方を見る。
フローマリの魔法ですら、3年経って外側が溶け始めている。5年か10年もすれば全て溶けてしまうだろう。いくらなんでも永遠の氷棺など出来る訳が無い
「愚かな。数年おきにここへ来て溶け始めた棺を凍らせるのか?」
フローマリはその愚かな行為を止めようとした。そんな事のために森へ何度も来られても迷惑だ。
「いいえ。永遠の氷棺の魔法を完成させるのです。」
ハトリはそう言って真顔でフローマリの方に向き直る
「出来るものか。私は氷魔法や水魔法を数十年研究し続けているのだぞ。この魔法だけ研究をしているわけではないが、氷魔法においては貴様など足元にも及ばない。その私の氷魔法でも、数年で溶け始めるのだ。永遠の氷棺魔法など、お前が生きている間に完成させられるものか」
フローマリはそう言ってハトリを笑った。ヒト族の寿命で、そんな事が出来る訳が無いし、出来たとしても、人生の大半を、母親の棺を凍らせる魔法の研究に費やすなど、狂気でしかない。
「永遠の氷棺魔法、、、、出来ないとは言わないのですね」
ハトリは聞き返した。
「魔法の真髄は遥かなる高みだ。どのような事が出来ても不思議ではない。だが、それは我々エルフのような長命があってこそだ。ヒトの子の儚い生では足りるまい」
フローマリは、わかりきった事を聞くなと言わんばかりに突き放す。
「出来ないと決まったわけでは無いのなら、やります。戻って魔法をもっと勉強し、また三年後にここへ来ます。」
そう言って、ハトリは森を後にした。
フローマリは、まだ未熟な彼の氷魔法で補強された棺を眺める。
全く魔法など使えなかった11歳の子供が、たった数年で氷魔法を修得して現れた。
それだけでも驚くべきことだ。
だが、ヒト族の成長期は著しい。
ゆっくりと成長していくエルフと違い、彼らヒト族はほんの数年で見違える。
それでも、寿命は圧倒的に短いのだ。
フローマリは、再び住居へ戻り魔法の研究を再開した。
三年後。また三年後に来るというのであれば、見てやろう。
久々にかつての研究記録などを読み返しながら、フローマリはぶつぶつと独り言を言っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます