EP5 氷棺の魔導書(1)


【寿命】というものがあるのかないのか。

数千年の時を生きるエルフ族にとって、ヒト族というのは理解をし難い存在だった。


エルフ族というのは、200歳までは子供扱い

500歳でようやく成人

1000歳を超えて戦士と呼ばれる。


3000を数えると口数は減り、極端に大人しく、

4000にもなれば、感情の起伏もほとんど無くなり

5000歳を過ぎれば、呼吸をしてはいるものの、樹木となんら変わらないようになる


そんなエルフ族からしてみれば、たった数十年の人生で、ああも忙しなく生きるものかと、感心する。また、たった数十年の人生で、ああも驕り、他者を排斥するものかと、落胆もする。そして、ああも争い奪うものかと、失望もする。


しかし、力弱きヒトの子が、ほんの数年で目を見張るほどの成長を遂げ、魔族の王を討伐するという英雄譚を、その目で見ている。


なんと不思議な生きものだろう。


 森を出るエルフは、最低でも100歳以上。弓の腕、魔法の腕を認められ、外での修業を許可された者たちだ。だから、Bランク以下のエルフ族など冒険者の中には居ない。

街で給仕に務めているエルフ族が居れば、それは冒険者や戦士ではなく、住んでいた森を追われた哀れなる家なき子である。


 ウィドツィエの森のエルフの多くは、魔法の研鑽を延々と続けて居たりする。

400歳を数えるエルフの女、フローマリもその一人だ。

彼女は種族特性である風属性のマナでは無く、無属性マナを宿して生まれていた。

 無論風魔法は使えるし、精霊の加護も受けている。しかし、彼女にとってそれは生きる手段でしかない。それよりも、自身の才能が風魔法よりも、水魔法や氷魔法に秀でているという事が、彼女にとってのアイデンティティであった。

それで、彼女はウィドツィエの森で氷魔法の開発、研究に没頭していた。


研究を始めて早100年近く。次々と新しい氷魔法の工夫を生み出し、強度の高い威力の氷魔法を、超短文詠唱で成功させる術式を得たりと、彼女は日々を研究に費やし、またそれが幸せでもあった。


 ある日、ヒト族の男が、森に迷い込み、フローマリは珍しく他者と会話をした。


「貴方、、、、ヒト族かしら?こんな森の奥まで来るなんて。すぐに立ち去らねば後悔する事になるわ」

フローマリはヒト族の男をけん制した。まだ幼く、か弱いように見えるヒト族の少年。

しかし、その油断が森を滅ぼす事にもなる。それを彼女は知っていた。


「ご、、、ごめん、、、なさい」

ヒト族の少年はハトリと言った。まだ11歳。行商人の馬車に両親と共に乗り合わせ、移動している時にモンスターに襲われ、一人生き延び、森へ迷い込んだ。

「ここは、、、どこ?」

森どころか、街道に出たとしても道は分からないだろう。彼とその家族は、遠いところから旅をしてきた。

「ヒトの子の来るところではない。早く立ち去りなさい」

フローマリは冷たくあしらい、森から追い出そうとする


 小さな少年は涙を浮かべながら、来た道を戻ろうとする。

その命がモンスターに襲われて尽きるのであれば、それはそういう運命なのだ。

フローマリは、ヒトの子の死など、数多く見た。

100年前、森で魔法の研究を始める前、しばらくは冒険者として旅した事もあったのだ。しかし、彼女の戦友はもう誰も居ない。


少年は親を殺され、絶望し、涙を浮かべ、来た道を戻り、モンスターに殺される。

それで終いだ。そう思った。


しかし、少年はうろうろと何かを探しまわっている。

(いったい何を、、、、?)

弱弱しい少年は、そばに落ちていた棒きれを拾い、それを持ってきた道を戻っていく。


「まさか、、あれでモンスターと戦う気なのか?ばかばかしい」

か弱きヒトの子の最後のあがきか。相手がどんなモンスターか知らないが、ゴブリンでもなければ、勝ち目などあるまい。


フローマリは少し興味が沸いてきて、少年の後を追った。


ぎぃぎぃ、、、


少年が歩いていく100mほど先に、倒れた馬車と、死体がいくつか。それに、ゴブリン達に弄ばれるヒト族の女性が居た。


ぎぃぎぃ、、、


その女性は、少年の母親だろうか。

エルフと見まごう程に美しい髪と白い肌、それがゴブリン達の慰み者にされている。

その凄惨な状況を、あと70mほど進めば、少年は目にすることになる。


「・・・・・・」

関われば面倒になるし、森の平和の邪魔になるかもしれない。魔法の研究にプラスになるとは思えない。

しかし、その少年を、フローラルは見つめていた。


 少年は、母の悲惨な姿を目にしたが、茂みに身を潜め、機会をうかがっていた。

5匹のゴブリンが、母をモノのように扱う様子を、どんな心境で見ているのだろうか。


 ふと、ゴブリン達のうち数匹が馬車の方へ移動し、食料を漁りだした。

女性を嬲るゴブリンが二匹に減ったところで、少年は忍び寄り、持っていた棒きれで

ゴブリンを思い切り叩いた。


少年と背格好の変わらないゴブリンは、その少年の攻撃で倒れ込む。

何度も何度も、その棒きれでゴブリンを叩く。


そして、もう一匹のゴブリンが、少年を殺そうとにじり寄る。

そのゴブリンの足を、少年の母親が掴み、動きを止めた。


ゴキッ


その隙をついて、もう一匹のゴブリンに棒きれを叩きつけた。

少年は再び力の限りゴブリンを叩き続ける。


やがて動かなくなり、そのゴブリンは骸と化した。

その頃には、少年の母親も息絶えていた。


逃げられないように両足の腱を斬られ、遊び半分で身体を傷付けられていたのだ。

少年は、母の遺体に大きな布をかぶせた。

そして、残りのゴブリンを殺しに馬車へ向かった。


落ちていた果物ナイフをゴブリンの頭部へ突き刺し、棒きれが折れるまで叩いた。

最期の一匹は、馬乗りになって動かなくなるまで殴り続けた。


初めての憎悪。初めての殺意。

少年は、やり場の無い激情を吐き出していた。


辺りが静まり返り、夕暮れが迫る。

少年はゴブリン達の死体をひとつ場所に固めて、火を付けた。


母親と父親、そして行商人の遺体を馬車のそばに並べた。

埋葬しようにも、土を掘る力も道具も無い。


途方に暮れた少年は、しばらくその場にうずくまっていたが、腹が減ったのか、馬車へ入り落ちていた果物を食べ始めた。


フローマリは少年の前に再び姿を現した。


「ヒトの子よ、お前が望むなら、このヒト族の墓標を作ってやろう。」

それはただの気まぐれか、少年の姿に何かを感じたからか。フローマリ自身にも分からなかった。


少年は小さく頷いた。


 フローマリは、氷の棺の魔法を使い、3人のために氷の墓標を立てた。

純度の低い氷は、時間が経てば溶けて消えるだろう。3年か、5年か。森の気候や気温に関わらず、長く形を保つ氷の魔法である事に自信があったが、永遠ではない。

フローマリは、氷の墓標が溶けてなくなるまでに、土を掘り、遺体を埋めてやれと少年に伝えた。


少年はハトリと名を名乗り、フローマリに礼を述べて森を出て行った。


3年後、少年は再び森へ姿を現した。











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