EP3 ミスリル自転車
ホーラントの冬は、気温ー20℃にもなる。
タケミは冬の寒さだけには、慣れないでいた。
日本の中部地方では気温がマイナスになる事は多くなかったし、そこまで寒ければ家から出なかっただろう。
しかし、高校生だったあの頃とは違って、今は冒険者だ。ひきこもるわけにもいかない。
ホーラントとスロハキアの境界地帯、タトラ山脈の山頂は、さらに極寒の地だと言う。標高2500メートル。リスィ山に向かうのだ。
この山脈にはいくつもの鉱山があり、ドワーフたちの国や街が点在している。
タケミはある用事があり、ヴィエリチカ・ドワーフ鉱山へ向かっていた。
【ミスリル銀】を持って。
鋼鉄より強く、はるかに軽い、魔法の金属とも言われるミスリルは、通貨としても使われているが、その価値は金の10倍だ。
つまり、ミスリルのコイン一つで銀貨100枚、金貨10枚分と言う事だ。
円に換算するならば、「10万円玉」相当だろう。
ミスリルと言えば、Bランク冒険者のビアティ・オーゼルが両足に装備していた足武具【ミスリルクロー】がそれだ。
鳥族のオーゼルが、超軽量且つ強度の高い武器を足に装備し、上空からの急降下攻撃をする「メテオダイブ」を使うには、鋼鉄などでは重すぎる。ミスリル製装備だからこそ可能なのだ。
軽くて強い魔法の金属である【ミスリル銀】
タケミはそのミスリル銀の塊を手に入れたのだ。
もちろん、10倍能力で強くなっていくタケミにとって、ミスリルの武器が魅力なわけでは無い。両手両足にエンチャントを施し、全身強化と魔法で、敵を倒す分にはどうとでもなる。
目的は他にあった。
以前、魔道具として使おうと街の鍛冶師にイメージを伝えて【自転車】を作ったのだが、鉄のフレームと車輪を付けた大型の自転車は、非常に重く、アリーシャはペダルを漕ぐのも一苦労だった。
タケミの力であれば、鋼鉄の自転車の重さも、ペダルの重さもどうということは無い。しかし、これなら走った方がはるかに速い。無用の長物となった。
だが、諦めては居なかった。
ボードのように、自転車程度の速度が出る乗り物はある。しかしマナを消費し続けるし、小回りを利かせられるほど使いこなすには、割と技術が必要だった。普通にスケボーに乗るよりも運動神経が必要なのだ。
タケミは、もっと早く、マナを消費しない乗り物があればいいとずっと考えていたので、それでこの世界に無かった【自転車】を考案したのだが、思うようにいかなかった。
古くは「魔法使いはほうきに乗って空を飛ぶ」というのが、乗り物としての魔道具の元祖らしい。それが様々な進化を遂げ、ボードやバード、ウィングやマットなど、空を飛ぶ移動手段としての魔道具は進化を続けていた。しかし、結局空の魔物やモンスターに狙われれば一巻の終わりという事で、「単独飛行用」の魔道具しか存在しないのだ。
大きな乗り物で空路を渡るような「飛行機」や「飛行船」なんてものは格好の的だし、空飛ぶ絨毯のような大きなものも狙われやすいため、一人乗りのマット程度しか無い。
地上の移動手段は、魔道具以外では多種多様な馬車や牛車があるため、人力での移動手段は確立されていないのだ。
「マナを消費せず、、、体力もあまり要らない。ボードよりも速くて小回りの利く。
運動神経も必要としない。鋼鉄製の重たい自転車よりも軽くて丈夫。」
そんな夢のような自転車を、ドワーフに作ってもらうために、ミスリルを持って鉱山に来たのだ。
すべては、、、アリーシャへ【ミスリル自転車】をプレゼントするため。
否。アリーシャと自転車で二人乗りをするために・・・・だ
その一念で、寒さの苦手なタケミは、この真冬に、このタトラ山脈に足を踏み入れたのだ。
「あと少し・・・」
途中の山小屋で、なんども方向と位置を確認しながら。魔力標識も感知しながら登った。
正面からの吹雪を、出力を抑えた風魔法で左右に受け流しながら進む。
それでも、寒さそのものは回避できない。トーチの魔道具が、あたりを照らすだけではなく、暖かいというのが丁度良かった。コートの中に入れたまま、持っているトーチは全てONにしていた。しかし、それでも寒かった。
「防寒付与もつけて、ブーツも帽子も全部寒さ対策をしてるのにな・・」
タケミはやり過ぎなほどに防寒対策をしてきたのに、それでもここまで寒いのかと、驚愕していた。
「ユキオオカミとか、エルク、オオクズリなんかに見つかると厄介だよな。この状態で戦うなんて、考えたくも無い」
毛皮の厚い動物は、冬の雪山でも平気で動き回ると言う。熊が冬眠する世界なのかどうかは知らないが、出くわす可能性は十分にあった。
ふもとの村マウェ・チヘで、ドワーフに貰ったセンサーの魔道具があれば、近くまで行けば反応し、入り口を教えてくれると言っていたが、、、
タケミは少し不安になりながら、黙々と雪道を歩いた。
道らしい道は無い。ただひたすら、教えられた目印に向かった。
キィィィィィィィン・・・・
急にセンサーの魔道具が振動しだした。
ポケットから取り出すと、センサーが反応し、目印の方角を指す。
「おお、反応した、、、」
タケミは少しホッとした。
センターの指し示す方角へそのまま黙々と歩いた。
気配探知で周囲を注意深く探り、動物の気配のしないところを選びながら歩いていたので、目印を見失えば即アウトだ。
センサーの反応が徐々に大きくなり、手にしていたセンターの先端が、突然岩壁の方を指し示した。
「え?こっち?」
何も無さそうな岩壁を指すセンサーに従い、壁の前に立った。
「スポソヴ ナ オトワクル」
タケミはふもとでドワーフに教わった言葉を、ボソっと唱えてみる。
ブォォォォォン
少し重たく響くような音がして、目の前の岩壁が急に洞窟の入り口に変化した
「ここが、、、入り口か」
タケミは恐る恐る洞窟の中へと足を踏み入れる。
ゆったりとした勾配の下り坂を10数メートル進むと、松明の灯りが見えた。
(松明・・・と言っても火じゃないな。魔道具か。)
火が燃えているのではなく、洞窟内を照らしている光は、ライトやトーチなどのような魔道具の光だった。
「いらっしゃい、ヒト族の少年。ここはドワーフの街、ヴィエリチカだ。お前さんどこから来た?」
入り口に座っているドワーフ族の男がタケミに声を掛けて来た。
座ったままでもタケミと同じくらいの目線だ。酒を飲みながら、もそっとした動きで、タケミに手招きをする。
「僕はタケミ。ドワーフの鍛冶師に用があってやってきた。ふもとの村マウェ・チヘに居るドワーフ族ミンガスの紹介で来た。ここへ入る呪文も、センサーも彼から貰った」
タケミの言葉を聞くと、ドワーフの男の表情が明るくなった。
「おお、ミンガスか。そうかそうか。ワシはドラングル。今日はワシが番兵当番でな。そこの扉を入ればドワーフの街ヴィエリチカだ。ようこそ、タケミ」
タケミはドワーフのドラングルと握手を交わし、促されるまま扉を進んだ。
「うわぁ、、、」
奥へ入ると、坑道が奥へと続いている。天井は高く、10~15メートルはある。
左右の横穴も、3m以上の高さの入り口ばかりだ。ひとつひとつの横穴に、ドワーフが居て、露店のようになっていた。
「ドワーフだけじゃなくて、他の種族も大勢いるな。」
見える範囲だけで数百は居る。確かに街だ。
「これがドワーフの鉱山都市、ヴィエリチカか。凄いな!」
タケミは感動していた。
「よし。早速鍛冶師を探そう」
色々な露店が出ているので、武器や防具も見て回りたい気持ちがあったが、まずは目的を最優先し、鍛冶師を探す事にした。
【よろずの鍛冶職人バーンズのお店】
と書かれた、可愛い看板を見つけた。
「ここが、鍛冶師のバーンズさんのお店か・・・」
ふもとの村でミンガスから聞いていた工房だ。
「すみません。バーンズさんは居ますか?」
横穴に入り、入り口から声を掛ける。
しばらくすると、もっそりと奥の方からひとりのドワーフが顔を見せた。
「いかにも。バーンズだが、、お前さんは?」
ぶっきらぼうに返事をしたドワーフは、ドワーフにしては背が低く、傷だらけのいかつい顔でタケミの顔をまじまじと見つめる
「タケミです。ふもとの村で、ミンガスさんから腕の良い鍛冶師だと言われて。尋ねて来ました」
タケミがそう言うと、バーンズは急ににっこりと笑顔になった。
「ミンガスか!そうか。よしよし入れ入れ!いったい何を作りたいんだ!?俺は確かに腕の良い鍛冶師だ。望み通りのものを作ってやるぞ!!」
腕の良い鍛冶師と言われて、どうやらご機嫌のようだ。
「実は、ミスリル製の道具を作って欲しくて」
そう言ってタケミは、ミスリルの塊を取り出した。
ヒト族の鍛冶師では、土魔法、火魔法の熟練度、そして槌の腕すべてがドワーフに及ばない。ミスリルを上手に加工出来る程の腕前の鍛冶師は、よほど大きな都市の工房でなければ居ないうえ、とても高い費用を取られる。しかし、ドワーフ族の鍛冶師なら、ミスリルだろうがアダマンタイトだろうが、オリハルコンですら加工し、武器や防具を作り出す事が出来るのだと言う。
「おお、なかなか見事なミスリル銀だな。純度も高そうだ」
バーンズはそう言ってミスリルの塊を眺める
「これと同じようなものを作ってほしいのです。」
タケミはそう言って、空間収納魔法で収納していた【鋼鉄製の自転車】を取り出して見せた。
フレーム・ハンドル・タイヤ周りも含めて全て鋼鉄製の自転車。
その重さは大型バイク並みだった。もし転べば、下敷きになったら死んでしまうかもしれない。
「ふむ。。。。これは?」
バーンズは尋ねる
「これは自転車です。ここのペダルを漕ぐと前に進む乗り物です。魔道具ではなく普通の乗り物です。動物に引かせるのではなく、自分で漕ぐタイプの」
そう言ってタケミが説明する。
「こんな重いもの、、乗り物ったって、歩いた方が速いわな」
バーンズは不思議そうにそう尋ねる
「ええ。なので、これをミスリル製で作りたいんです。そうすればおそらく10分の1以下の重さになる。それに魔法を付与すれば、今ある魔道具の【ボード】や【ハイボード】などよりもはるかに速く進める乗り物になります。マナも消費しないし」
タケミはそう言ってバーンズに説明する
「確かに。これをミスリルで作れば、丈夫だし、速く進める乗り物にはなるわな。。」
バーンズはそれでも不思議そうに自転車を眺めた後、再びタケミに尋ねる
「せいぜいひとりかふたりしか乗れまい。それに、これだけのサイズ。ミスリル全部使うとなれば、こらとんでもない価値だ。ミスリル硬貨なら3000枚か、それ以上だろ。」
確かに。。。ミスリル硬貨1枚で10万円くらいの勝ちだとすると、、
自転車一台で3億円!?
確かにそうだ。このミスリルの塊を売却すれば、ミスリル硬貨3000枚分以上になる。とんでもない価値だ。
ただ、アリーシャと自転車で二人乗りをしたいという願望のために、このミスリルの塊を自転車にするのか・・・・・
言われてタケミはようやく気付いた。
自分はアホなのかもしれない、と。
しかし、ここまで来たわけだし、どうしても自転車に乗りたいのだ。
必要無くなれば、売ればいい。ミスリルの塊であることには違いないのだ。
「バーンズさん、お願いします。これを自転車にしてください!!!」
タケミは意を決して、バーンズに自転車づくりを依頼した。
その加工代金だけで、銀貨300枚かかった。
4日後、タケミはバーンズの工房に顔を出した。
「来たか、タケミよ。見ろっ!これがバーンズ特製のミスリル自転車だ!!!」
「おお、、、、凄い。なんてカッコイイ自転車だ」
ブルーメタリックに輝くボディ。頑強なフレーム。サドルの高さも調節可能。
二人乗りようにサドル後ろにサブ椅子もつけて、足を乗せるサイドバーも装着。
自転車の二人乗り禁止
なんて法律の無い世界だ。
手にしてみると、このサイズの自転車で、プラスチックのカップよりも軽い
「なんて軽さだ。。。さすが魔法の金属、、、」
ミスリル鉱石の塊の時は普通に重たかったのに、魔力によって加工され、羽のように軽くなるという。不思議な金属だ。
「お前さんの言っていたように、ペダルを漕ぐ時にマナを込めれば推進力に変わる仕様にしてあるし、向かい風を軽減する魔法の付与と。それにマナを使わずに漕ぐ時も、体力次第だがけっこうなスピードが出る。全力で漕いでも壊れないように、ペダルも全部フルミスリル製だ。トーチやランプの魔道具を装着してライトを照らせるように、ココと後ろに装着部があるぞ」
最高の出来だ。3億円のミスリル自転車・・・
おそらく世界に一台だろう。わざわざこんなものを作るやつはいない。
ここまで費用がかかるとは思わなかったけど、これでついにアリーシャと自転車二人乗りが出来るのだ。
タケミは鍛冶師のバーンズに御礼を伝え、ドワーフの街を後にした。
真冬の道程。シノスへ戻るまで数日かかるだろう。どのみちこの寒さの中で自転車に乗るのは厳しいし、春が来るまで乗る機会は無いかもしれない。
それならば、この真冬にドワーフの鉱山まで来なくても良かったのかもしれない。
しかし、待てなかった。ミスリルの塊を手に入れてから、タケミはその価値よりも、
【これで自転車が作れる】という事しか頭に無かった。
おそらく、世界初の自転車。
そして、世界に一つのミスリル自転車。
これでアリーシャを後ろに乗せて、二人乗りをするんだ。
「アリーシャ、しっかり掴まってろよ」
「はいっ」
そう言って抱き着いてくるアリーシャ・・・
想像しただけで顔がほころんでしまう。
タケミが全力で漕いでも壊れない強度のフレーム。最高の自転車だ。
ただ、タケミは気づいていなかった。
どんどん強くなっていく自分が、【力加減】が出来ないという事に。
どんなに加減をして自転車を漕いでも、おそらく時速100kmか、200kmか。
とんでもないスピードが出てしまうだろう。
後ろに乗せたアリーシャが、風を感じ、快適でいられるような速度で自転車を漕ぐ事など、タケミには出来はしないのだ。
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