EP2 ブレイザーのタトラ・パノラ
ユーラシア世界の冒険者の間では【ブレイズ】というものが非常に流行している。
古くは5000年以上も前になるというブレイズは、「トライバル」「タトゥー」などと呼ばれ、その有用性・ファッション性から、一人前の冒険者にとって至極当然のたしなみとなっていた。
その発祥は、現在西の魔王の支配下にある「イタリア」で発見されたミイラから、5000年以上も昔にさかのぼると言われる。
ある部族では、成人と共に【ブレイズ】を額に施し、討伐、結婚、出産などの出来事に合わせて【ブレイズ】を全身に広げ、族長ともなれば、腕、脚、足の甲、大腿部、臀部、腹、背中、胸部、肩、首、顔と正に全身をブレイズで埋め尽くしたとか。
その魔力を帯びた彫り物は、彫り師の腕次第で、能力を何倍にも引き上げる効果を発揮するとも言う。
多くの冒険者が、身体能力の強化や、得意属性魔法の強化などの効果効能を求めてブレイズを身体へ施した。
例えば冒険者で賑わう町には、だいたいブレイズの彫り師が店を出しており、その相場は、【前腕部 片腕 銀貨50枚】といったところだ。
そして得られる効果は【腕力10%UPのパッシブ効果】などだ。
しかし、このブレイズは、一度施してしまえば、消し去る事が出来ない。もし全身にブレイズを施した後で、より腕の良い彫り師に出会っても、上書きすることは出来ないのだ。そのため、冒険者は慎重だった。
大きな街や、強い魔物の出る地域。ダンジョンなどがある都市などでは、腕の良い掘り師が店を持っていることもある。
しかし、腕の良い掘り師など、半年先まで予約でいっぱいだ。
それに、金額もそこらの町の彫り師とは比べ物にならない。
S級冒険者が、まだブレイズを施すことなく腕や足を空けている姿を見れば、より腕の良い彫り師に出会う事を期待しての事だろう。
逆に、CランクやDランクで行き詰まるような冒険者は、その先へ進むために強いブレイズを求める。
かつて「伝説のブレイザー」と呼ばれる戦士たちが居た。
少数部族の精鋭戦士たちが、一族秘伝のブレイズを身体に施し、その強さは圧倒的だったと。
彼らの居た地域は、既に魔王の支配下であるため、既に生きてはいないのだろう。
その伝説の戦士たちの施していたような「超高性能なブレイズ」の図柄を修得した彫り師に出会えれば、まさに値千金であった。
ただ、その費用は「片腕分で屋敷が建てられるほどの金貨」で支払う事になる。
ハンカリーとホーラントの間、ウクライナの森から西に、スロハキアという小国があった。
東西に400km、南北に200kmという小さな国土。
雨が多く、エリアの3分の1が森林におおわれており、危険な魔物が多く生息している。
このスロハキアには、いくつか中継都市と呼ばれる町があるだけで、森にも山にも危険が多く、住民は少なかった。
ドワーフ族の鉱山や、竜が住むと言われるタトラ山地など、謎の多い場所だ。
ここに「タトラ」という種族が住んでいた。
タトラは400人ほどの少数部族で、ヒト族だが、背中の肩甲骨の辺りに大きな突起があり、昔は翼があったその名残だと彼らは信じている。
タトラはブレイズを自らに施す一族で、成人する時に、男子は両腕に、女子は両脚に皆同じ模様を施す。
400人のうち9割が戦士で、戦士は皆ブレイズを施す技術を継承する。
族長のタトラ・アイザは70歳を超える高齢で、3人の子供たちに、次の族長を譲るための話をしていた。
アイザ「私の可愛い子供たちよ、私はもう長くない。今日、お前たちの中から次の族長を選ぶ。心せよ」
アイザは真剣な眼差しで3人の子供を見た。
長男のタトラ・グリシャは41歳。強く、逞しく、強健であり、賢く、また誠実であった。弟のジリオを可愛がっており、ジリオに族長を譲ってもいいと、考えていた。
次男のタトラ・ジリオは30歳。血気盛んで、若い衆を引き連れて狩りに出る部隊長を務めている。ジリオは負けん気が強く、自身が誰よりも強いと日ごろからうそぶいていた。族長のみが施す事を許される【族長のブレイズ】を、自身が施す事を願っていた。しかし、兄であるグリシャを尊敬し、大好きだった。
長女のタトラ・パノラは19歳。歳若く美しいパノラは、才能に溢れ、武器を使う戦だけでなく、タトラ族が得意とする魔法「雷魔法」・「地魔法」・「錬金魔法」のほとんどを若くして修得した。しかし、パノラはブレイズの彫り師として過ごすのが好きであり、狩りへ出て戦う事よりも、ブレイズの研究をしたいと思っていた。
族長がここ数日悩んでいたのは、【掟】の事だった。
族長が変わると、引退した族長は長老として町に残り、相談役となる。
族長は、その子供が継承するか、候補者が1人しかいない場合は、過去に族長を輩出したことのある家柄の「五家」の誰かが対抗馬となり、選出される。
族長の子が複数居れば、その中の誰かとなる。
しかし、族長に選ばれなかった他の兄弟は、街を出なければならないのだ。
跡目を争う事で派閥が出来たりすることを避けるための伝統であった。
これにより、誰が跡目を継いでも、残る二人は街を出る必要がある。
幼いパノラを街から出さなければならない
グリシャの意を汲んでジリオを選べば、グリシャも街を出る事になる。
パノラを選べば有能なる戦士二人を街から出さなければならない。
これまでも、何人もの族長が味わってきた苦悩である。
こうしてブレイズ掘り師の隠れ街から出た「族長候補だった者」が外の世界へ出てゆき、流れのブレイズ彫り師となっていく。
彼らは、有名な彫り師となって、世界を渡り歩き、彼らの施したブレイズが、世界の流行となっていった。
もちろん、族長だけに伝わる秘伝のブレイズや、一族のみが施すブレイズなど、秘匿性の高いものは外界で彫る事は許されない。
彼らは、必ず自らが考案したオリジナルのブレイズ柄を持っていのだ。
ここで、族長タトラ・アイザは、悩み抜いた末に、長男の意を汲み、そして一族を存続するため、愛する娘を手放す事を選択した。
タトラ・アイザ「次の族長は、タトラ・ジリオ。お前だ」
ジリオ「・・・族長、謹んで拝命致します。この命に代えても、一族を守り、導いていきます。」
ジリオは泣いていた。選ばれた事による喜びもだが、尊敬する兄、そして可愛い妹が街を出なければならない。誰が選ばれても、全員が複雑な思いだっただろう。
その日、家族で食べる最後の食卓で、グリシャは翌朝街を出る事、そして大陸南部を目指して旅に出る事を語った。
パノラは泣いていなかった。いや、実は悲しくも無かった。
外へ出れば、ブレイズを彫る事で生活出来る。族長としての重荷も無い。
一人で、自由に生きればいいのだ。パノラだけは、自身が街を出る事を、こっそりと喜んでいた。もちろん、大好きな兄や父と離れるのは寂しい。しかし、それ以上に、外の世界に憧れ、夢見て居たのだ。
パノラ「私は、ホーラントへ行く。あそこは比較的平和だというし。かつて街を出た先人たちのように、彫り師としてやっていれば生活に困る事はないだろうし。冒険者にも興味がある。兄よ、父よ、悲しまないでおくれ。私は大丈夫。偉大な父と兄の背を見て育ち、強くなった。魔法も得意だ。魔物などにやられはしない。」
パノラは、翌朝兄が出て行くのを見送ったのち、ホーラントへ向けて歩き出した。
自らがブレイズを施した戦士が、勇ましく戦い、いつか西の魔王をも倒すのだという秘かなる野望を持って。。。
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