第61話 盗み盗まれ


「いやー、彼ってば僕に夢中みたいだよ。こっち見てるもん」

 マルスは旧知の友と接するように、くだけた様子でメイドに話しかけたままだ。対してメイドはどこか壁を作るように接していた。

「何を馬鹿な事を。それと、そこの蛇はともかく、オロチを素直に渡すわけにはいきません」

「あれれ、まだアレに執着してるの?」

 そう言ってマルスは、俺の方を見て何やらにやにやと笑っている。

「いけませんか? それよりマルス、こちらも返してほしいモノがあるのですが。分かっているでしょう?」

 メイドはオロチを守るように彼女の手を取り、俺の横に並ばせた。そして俺たちをマルスから守るように、彼女の前に立っていた。

「返すも何も、そこにいるじゃん。にしても雰囲気変わったよね。メイド。何かあった?」

 初見の清楚な印象を打ち消す砕けた様子のマルスに対し、敵意を向けたままのメイドは続けて言葉を発していた。

「そういうわけにはいきません。生憎、その不貞を許しては我々の名が廃るので。今なら昔のよしみで手を打つこともやぶさかでない。早くなさい。マルス」

「ずいぶんと彼にご執心じゃん。まあ気持ちは分からなくもないけどさ」

 マルスはそう言うと、メイドが受け渡した蛇蝎やヒドラを見て、彼女たちに装着されている奴隷のピアスを無理やり引きちぎった。その痛烈な痛みやそのピアスの毒が体内に巡っていく彼女たちは苦しみのたうち回っている。

「黙れ」

 澄んだ水の様な静けさを持つ声音でマルスは彼女たちに命令をした。その声音を聞いた毒で苦しむ彼女たちは、満身創痍、今にも命の灯が消えそうな様子で縋るようにマルスの和装の裾を手でつかんでいた。だがその手をマルスは踏みつけ、メイドが時折敵に見せるごみを見るような目つきで彼女たちに檄を飛ばす。激と言うより、それは彼女たちにとって劇薬だったようだ。

「逃げ出した挙句、捕虜となり無様を晒す者たちよ。竜にも慣れないヒドラ、お前もだ。そんな出来損ないを取り戻しに来たとでも思っているのか? 戻っても餌程度にしかならぬお前らが生きるためには、いや、餌としての最後を迎えることもできないゴミが、私にすがるな!」

 叱られた子供の様に頭を両手で抱えてうずくまるヒドラと蛇蝎に対し、マルスはにこりと微笑み「だがそんなお前たちに、最後のチャンスをやろう。あのオロチは正真正銘龍の子供だ。その龍を身に宿せば、貴様ら蛇とていくらかの加護は得られるだろう。所詮その毒も人が作りし毒。蛇には効いても竜には効くまい」

 その言葉はヒドラたちにとってのクモの糸だったようだ。目の色が変わり、「オロチ」や「お姉ちゃんたちの為にわかってるでしょ?」など口々に好き勝手な事を呟いてゆったりと地に塗れた体を起こして動向の開いたオロチのような丸い瞳でこちらを見つめている。人として容貌優れていた頃の名残は無く、ただただ生に執着する怪物になり果てた蛇の化身は、マルス曰く竜の子供であるオロチを丸のみせんと俺たちに襲い掛かってきた。

 だがしかし、その大口はオロチを飲み込むことは叶わなかった。

「ようやくお目覚めですか」

 メイドが困った様子でため息をつき、肩をすくめている。その理由は、先ほどまでエレンに慰められるように肩を抱かれていた元少女のせいである。

「すまなかった……ようやく思い出した」

「思い出したなら許します。それよりつゆ払いくらいは出来るのでしょう」

「ああ。すぐにやるさ」

 メイドたちの盾となるように現れたのは、少女だったころの名残を見せる長髪の男だ。筋骨隆々な背中を見せて同じく丸太の様に太い腕を、ヒドラや蛇蝎の口に押し込んでこちらに顔だけ向けて申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしていた。

「カグツチ改め、プロメテウス。よろしく頼む」

 そう言って男は長い長髪を真っ赤に燃やし、両腕の筋肉をはちきれんばかりに膨らませた。だがヒドラたちも負けておらず、「蛇の胃袋舐めるんじゃないよ!」や「オードブル代わりに喰ってやる!」とその両腕を見る見るうちに体に収めようと前進してきた。

「プロメテウス!」

「心配、無用! この火は特製! なにせ、マルス特製の火種を使っているからな!」

 そう豪語したプロメテウスの言葉に、腕を飲み込もうとしていたヒドラや蛇蝎がギョッとした様子で蛇の様な丸い目を大きく開いた。

「もう遅い!」

 プロメテウスの腕が頭髪同様に、見る見るうちに熱された鉄の様に真っ赤になっていく。

「グリルドブランド!」

 プロメテウスが叫んだ瞬間、彼の手がまるでバーナー、いや、火炎放射器の様に火を噴いた。その証拠に、蛇蝎やヒドラの口内を貫通して、その炎が一直線にその先にいるマルスに襲い掛かったからだ。それはまるで意思を持ったように、真っ赤な炎がヒドラたちの肉片を焦がし続けて、それはマルスを包むように襲い掛かった。

「うーん、不味い……」

 火を浴びてけろっとした様子のマルスは、無傷だった。それどころか衣服に焦げ一つついていない。その姿を前に、俺だけでなくエレンやオロチも驚いていた。

「ヒドラたちは死んだのに、マルスは無傷か……参ったな。まるでメイドだ」

 思わず口から洩れた俺の言葉に目ざとく反応したマルスは、「鋭いね!」と肯定するように頷き、「いやー、やっぱり盗まれてたか。僕の火。流石盗みの神

。やることがえぐいよね」

 にやにやと笑うマルスの表情からは清楚さは一切姿が消え、代わりに幼さや厭らしさが浮き出てきた。

「旅の神です」

「いやいや、同じでしょ。場所を変えるっていうのは、ほら、何かやましいことが……おっと!」

 マルスが言い切る前に、彼女の面前で鋭い空を切るような音と共に、メイドがハイキックを放っていた。だがそれを紙一重で避けるマルスは、メイドが続けて放った足技たちを手で捌き、距離をとるように後ろに大きく下がった。

「レディ、刀を」

「それは良いけど……無茶するなよ」

「わかっています」

 アイテム欄から取り出した宝刀、蜃を片手に握り、メイドは冷静さを取り戻すように一呼吸置いてマルスめがけてダッシュした。そしてまるで熱したナイフでバター切るかのごとく、建物ごとマルスに袈裟懸けを放った。

 次の瞬間、俺やオロチ、エレンたちに熱風が襲い掛かってきた。

「それは……」

「さすが。一緒に貰ってきたその宝刀、完璧に使いこなしてるね。でも、だけど、甘いよ」

 屋敷の壁が切られたことでその熱風は外に逃げ、メイドやマルスの傍に立っている一人の男を前に、俺は言葉を失った。マルスが拳で宝刀を受け切ったことに驚いたわけでは無い。ついでに彼女の手に装着された無骨なガントレットのデザインに心ひかれたわけでは無い。いや、あの性能は心惹かれるが……違う。俺が驚いたのは、そのマルスの横に立っている、熱風で被っていたパーカーのフードが脱げた彼の顔だ。

「こっちに彼がいないとでも思った?」

「やはり持っていましたか」

「当たり前じゃん。便利だもん」

 相も変わらず人を食ったような様相のマルスの隣に、メイドの様に不愛想な男が立っていた。それはよく見知った、いや、見知ったなんてものじゃない。ネコミミは無いが、この世界の衣服ではない、フード付きのパーカーにジーンズ、歩きやすいスニーカー……。そして、特徴的な中性的な顔。

「レディ……様?」

 言葉を発したのは、エレンだった。エレンは信じられないといった様子で、俺と目の前に立っている男の顔を交互に見合わせた。

「挨拶がまだだったね。僕は軍神マルス。性別は女。こっちはええっと……」

 マルスは自分の名を名乗り、隣に立つ俺そっくりな顔の男をちらりと見て、どう説明したらよいか悩んでいるようだ。だがその悩みはスグに解決されたようで、「こっちの男は、君たちにわかりやすく言うなら、本物のレディかな。僕の秘書兼、お供だよ。色んな意味でね」

 そう言って微笑むマルスはうっとりした様子で、まるでロボットの様に無表情な俺の顎を撫でて、その頬に口づけをしていた。

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女神の力で死体さえあれば何でも再現できる最強チートスキル『レディメイド』を手に入れた猫耳の俺より、俺の美人メイドが無双する件 ラスター @rasterbug

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