第55話 メイドの後悔~魅惑の蜃気楼~
「オホホホホ! 所詮その程度の宝刀! 私が扱うのは、神の刀!そしてその刀に、我が力を付与しているのよ! 食らいなさい! 水剋! 呼応激!」
赤い刀身の刀を怒涛の滝の様に振り下ろし続け、辺り一帯の建物めがけて、目から石化光線を乱射していく。そしてその石化した家屋を、メイドが出現させた波や水たまりを逆に利用して、天高く跳ね飛ばした。宙に舞う石化した建物たちめがけて刀を咥えてヒドラは舞い上がり、石の家屋たちを次々に刀でで砕き始めた。そうして作られた人工的な岩雪崩を前に俺は、アイテム欄からJ1や盾になりそうなものを作り出そうとした。だが俺の前に立つメイドが「私の言葉を信じないのですか?」と俺の方へ振り向き、待ったの声をかけてきた。
「あ、いや……そうだな」
俺はアイテム欄を閉じ、「頼んだ」と彼にエールを送るだけにした。その言葉にオロチはもちろん、エレンやカグヤは「正気ですか(か)?」と俺に慌てた様子で詰め寄ってきた。だが俺は目の前で刀に力を籠めるメイドを指さし、「たぶんだけど、大丈夫」というしかなかった。その言葉に不服なメイドが、「たぶんじゃありません。大丈夫です」と訂正を求めてきた。
「無駄よ! 仮に降り注ぐ岩を防げても、その中から襲い掛かる、この刀はあんたを串刺しに」
「愚かな……」
「まだ言うか! 神を愚弄する者はもう生かしてはおけない! 死ね、今すぐ死ね!」
「竜にもなれない半端者が、神を名乗るな!」
メイドが両手で大蛤を握り、力を籠めてそれを振りぬいた。水しぶきが鋭い氷柱の様に天に舞うヒドラめがけて襲い掛かり、次々に岩に突き刺さった氷柱たちが岩もろとも粉々に砕いていく。そして幾重にも襲い掛かる氷柱たちにより、すべての岩を砂の様に粉々にされたヒドラは、驚き固まった無防備な姿を、メイドに晒している。
「ずいぶん愚か……いや、無様ですね」
「ほざけ! この刀はまだ、負けていない!」
「それはもう良いんです。幸いそれは火の刀。もう準備は出来ました」
メイドは以前と同様に大蛤の刀身の周囲を水流で覆い、いや、ヒドラの体表の様な赤い水流を刀身にまとい、「目覚めなさい。蜃気楼」とヒドラの刀めがけて、ごおおと音を立てて水流を纏った大蛤を目一杯の力で打ち付けた。大規模な水蒸気や熱気が俺たちの周囲を覆い、あたりが灰色の雲に覆われた様な靄に包まれていく。
「メイド!? エレン、カグヤ、オロチ!」
俺は口々に仲間の名を口にすると、メイドが「私はここに」と赤い刀身の大蛤を肩に担いで現れた。よかった、無事だったか。
「杞憂です。それより頼みたいことがあります。こちらに」
靄の中をメイドはまるで快晴の空の下を歩く様に、俺の手を握ってまっすぐ進んでいる。すると歩いて数分もせずに、とぐろを巻いて動けなくなったヒドラが鎌首をもたげて何か笑っていた。
「これは……」
ヒドラは俺の気配を一切感じずに、ただ何かを呟きながら笑っている。すると徐々に体が小さくなり、元の豪奢な和装に身を包んだ女性へと戻っていった。
「宝刀の力で幻覚を見ているのです」
「幻覚? 大蛤にそんな力が?」
ただ水の無い場所で水遊びをする刀じゃなかったのか。そう思っていると、メイドが「レディ、実はこの宝刀は正式名称を、蜃(しん)と言います。この水を宿す蜃が火を備える武器と本気で交われば、こうやってあたりを霧が包み、その霧に包まれた者たちはまるで城で歓待を受けた様な夢心地に陥るのです」
「そんな力が……だから宝刀か。でも待ってくれ。何でメイドは知ってるんだ?」
ごく当たり前な疑問を彼に投げると、彼は片手で蜃を担ぎ、少し黙ってもう片方の手の人差し指を唇の前で立てて、「メイドに秘密は付き物です」と微笑んだ。その微笑みは見慣れて居なければ、彼の虜になること間違いなしだろう。
だが普段から見慣れている笑顔のせいか、メイドが何も反応を見せない俺をジトっと見つめてきた。そしてその指で、俺たちの目の前にいる女性を指さした。その女性は力なく、まるで天から金銀が降り注いでるかの様に、膝立ちで天を仰いで笑っている。だがそこはただ霧が立ち込めているだけで、彼女はきっと幸せな幻想に包まれているんだろう。「やった……かた、これで、高慢ちきな、あいつに、あの女に、いひひ」と美人だが歪な笑みを浮かべて呆けている。
「あれが幻想か?」
「ええ」
俺の問いかけにメイドは肯定し、幻覚を見て笑っているヒドラを憐れむように、ため息をついた。だがヒドラはこちらの気配に気が付く様子を見せずに、ただ壊れたように、細切れだが嬉々とした言葉を漏らし続けている。
「この力も万能ではありません。その前に、彼女を拘束願います」
「あ、ああ。ラプター王で良いか?」
メイドも頷いたので、俺は事務作業の様に彼にメイドのピアスを作らせ、ヒドラの少し大きな耳たぶにピアスを刺した。スキルで作られたピアスは機械など一切不要で、あっという間にヒドラの耳にずぶりずぶりとめり込み、なじんでいく。
「これで一件落着か?」
「そうだと思いますか? はぁ、全く……お人好しなレディに忠告します。オロチに心を許さないように」
メイドはそういって、赤い刀身の大蛤ならぬ蜃を団扇の様に振るい、蜃気楼を解除して霧を晴らしていく。霧が明けた風景は悲惨と言う言葉が相応しかった。周囲は粉々になった建物や、逆さになって崩れている。そんな瓦礫ばかりの街道はまるで荒れ地のようで、俺も現実逃避がしたくなる悲惨さがあった。
そう思っていると、俺たちの背後にヒドラの様に、エレンやカグヤが夢の世界に旅立っていたようだ。おい、起きろ。俺はエレンの肩をゆすり起こすと、彼女は綺麗な顔を蕩けさせて、口からよだれを垂らしてこちらをじっと見つめて、「えへへ」と愛らしい声を漏らしていた。
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