第52話 次から次へと

 油のはぜる音や、何かを焼く音を厨房から響かせながら、次々に俺たちに食事を運んできてくれる。その食事をオヤマと呼ばれていた少年が運び、料理名を教えてくれる。そんな彼らに応えるように、カグヤは次々にその小さな体に食べ物を収めていく。対してオロチは遠慮がちに、魚類系のおかずや海藻系のおかずを食べている。遠慮しなくて良いと伝えたのだが、彼女は首を横に振って、「ありがとうございます。でも私、食が細いの」とゆっくり料理を口に運んでいた。

「へえ、この四角いやつはアゲダシで、さっきカグヤが食べてたのは、マグロのぶつ切りって言うのか」

「はい。アゲダシはツユに浸して食べるとおいしいですよ」

 揚げ物を浸すとかもったいない気がするが、いう通りに食べてみた。確かに旨い。天ぷらとは違う、少し粉っぽさが残るアゲダシは、その粉っぽさがツユを程よく吸ってくれて、中身の無味な豆腐をいい塩梅に味付けをしてくれた。

「確かにこれはツユに合うな」

「ですよね! 僕も好きなんです!」

 少年はそういうと、きゅうっとお腹を鳴らして慌てて厨房の方へ戻っていった。置ききれぬ料理は別のテーブル席に置かれ、ちょっとしたビュッフェの様な状況だ。その匂いが外にも伝わったのか、店の前に少年やその保護者だろうか、が入りたそうにこちらを見て生唾を飲んでいた。

「良いんじゃないですか。レディの好きにすれば」

 メイドがそういうので、俺は彼らを店内に手招きし、店主にどんどん料理を持ってきて。と声をかけた。その声を聴いた店主や店の外にいた町民たちは顔を明るくさせ、雪崩れ込むように席を埋めていく。中にはお代の代わりに、自宅から持ってきたらしい保存食や食材を店主に差し出している者もいた。

「宴会だな」

「城や村を思い出しますね」

 俺の正面の席に座るエレンが俺の言葉に反応し、嬉しそうに話しかけてきた。そうだな。だが「エレンは良かったのか?」と俺はアゲダシに舌鼓をうつ彼女に問いかけ、「ラプター王のスキルの件だよ」と話しかけた。すると彼女は「あー」と箸を置き、バツが悪そうに「奴隷はダメだと思います」とこちらの想像の通りの言葉を発していた。だが「でも、このように不当に扱われていた方々が救われるなら、私は文句はありませんわ」と顔に米粒を付けて笑った。その表情に思わず笑ってしまい、彼女から軽い顰蹙を買ってしまった。悪い悪い。お詫びってわけではないが、俺はエレンの口元についていた米粒を指でとり、「ほら、米。屋敷と同じだな」と笑った理由を伝えてあげた。すると彼女はあの時と同じように顔を真っ赤にさせて、「そ、そういうことは早く教えてください!」と、俺が手に取った米粒を奪い、食べてしまった。

 そんな光景にオロチが羨ましそうに、「良いなあ」と呟いた。

「料理は一旦打ち止めにしようと思うのですが、いかがなされましょうか」

 粗塩のふられた大きな尾頭付きの焼き魚を数尾大皿に乗せて運び終えた店主が、俺たちに問いかけてきた。俺はカグヤも取り戻せたし、腹も膨れたこともあり、「とりあえず食事は十分だ。ありがとう」と彼に礼を言った。すると彼は恐れ多いと頭を下げて、「こちらこそありがとうございます!」と俺たちに礼を返してきた。それに呼応するように、同じく食事をとっていた町民たちも立ち上がり、口々に「ありがとう」と感謝を漏らしていた。ひとしきり対応を終え、俺たちは茶を飲んでいると、隣のテーブルに、料理を終えて一休みをとる少年たちが座ってきた。彼らは天ぷらの乗った丼物やオヤマの希望だろうか、アゲダシなどの小鉢などをおいしそうに口にしながら、食事をとっている。そんな彼らに俺は聞きたいことがあり、声をかけた。

「なあ、さっき言ってた母さんって何?」

 俺と似た様な顔立ちのオヤマに俺が問いかけると、代わりにバンと呼ばれたワイルド系の少年がどんぶり飯をかっこみながら、「俺たちは親父と一緒に、この街に連れてかれたんだ」と教えてくれた。その様子に次男っぽいランが、食事を止めて俺たちに問いかける。

「この街に女性がいないのはご存知でしょうか」

「ああ。兵士もそうだが、男しか出会わないな」

「この街は牢獄も兼ねているんです」

「牢獄? ですか?」

 エレンがランに問いかけると、彼は頷いて肯定した。ランは少し恥ずかしそうに、囚われていた原因を語り始める。

「罪状は蛇蝎様、いえ、蛇蝎に好かれたことです。彼女は気に入った男を見つけては、この街に囲ったんです」

「俺たちは顔。他の町民たちも、何かしら蛇蝎に好かれてこの街にさらわれたってわけだ。まあ正確には、盗賊たちによる人攫いだけどな」

 ランやバンの口から聞かされた内容から、俺は「盗賊ってこいつら?」と適当な素材を使い、マムシを一体生成した。その光景に周囲がどよめき、「よ、妖術」と怯えている。バンやランは何とか男の意地か、平静を装って頷くも、オヤマはマムシと目が合わないように、バンの大きな背に隠れている。 

 聞けば悲惨な内容に、デザートのあんこ餅を食べていたエレンの手も止まってしまった。マムシが危害を及ぼさないことを知って安心した町民たちも、大人子供問わずに口々に母や妻の名を呟いていて、中には早く会いたくて泣いている者もいた。そんな様子にバンは「俺たちは残されたおかあ達を守るために、今日まで必死にこの街で生きてきた」と立ち上がった。それに呼応するように、「そうだ」「そうだ」と同意の声が聞こえてくる。

「だから、レディ様のお陰で、僕たち、家に帰れます」

 オヤマが改めて立ち上がりこちらに礼をしてきた。それに合わせてまた礼の大合唱が始まってしまう。これでハッピーエンドと言いたいところだったが、外で警備員の様に立っていたはずの蛇蝎が、「ぎええ」と苦しそうな悲鳴を上げた。

 その声に振り向く様に、店内の人間たちや俺たちが店の入り口の方へ振り向いた。すると頭部だけになった蛇蝎を手に持ちながら、紫をベースにした鮮やかな華が刺繍されたゆったりとした派手な和装の女性が現れた。

「あらあら、酷いじゃない。宴会するなら、妾も呼んでほしいわね」

 ボリューム感のある髪を蝶の様に後ろで束ね、幾つもの金の刀の様なかんざしを髪留めの様に使用している。蛇蝎の様に吊り上がった眼、細長い首やうなじを見せる小顔の女性。少し歪んだ顔だちの美人だが、その顔を更に装飾するように、派手なメイクが施されて笑っている。だがその瞳や口元は微笑んでいても、柔らかい雰囲気やオーラをみじんも感じさせることは無い。

「ヒドラ、女王……様」

 町民のだれかが、彼女を前にその名を呟いた。

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