第51話 恐るべし蛇姉妹、オロチの能力~そんなことよりまず飯だ~
蛇の様に威嚇するオロチの頭髪を見た町民たちの一部が、腰を抜かして尻もちをついている。
「ひっ、ひぃぃい」
その蛇たちと目があった、石を投げた町民の下半身が石の様に固まってしまった。「ダメ!」と叫ぶオロチの言葉を無視して、蛇たちの瞳が怪しく赤く光っていく。目の前で石となる町民が「死にたくねえ」と泣き言を漏らし、石造の様に固まってしまった。その光景を前に、石を投げようと握っていた町民たちが、クモの子を散らすように逃げ出してしまった。
「そのスキル、本当にオロチは蛇蝎の妹なんだな」
「う、うう……制御できなくて、ごめんなさい」
涙を浮かべるオロチを見た町民たちで、この場所にとどまったのは割と温厚そうな飯屋の店主や、事情をあまり理解して無さそうな子供や、温厚そうな一部の町民たちだけだった。うーん、なんだか面倒なことになりそうだ。そんなことより、飯が食べたい。茶も飲みたい。俺は店主の着物の袖をつかみ、「あのさ、飯食いたいんだけど」と声をかけた。するとオロチと一緒にいたためか、店主が慌てて「は、はい! う、腕によりをかけて!」と店内にまた走り去った。
「俺たちも店に戻るか」
メイドと泣きそうなオロチに声をかけると、オロチが「私のこと、怖くないの?」と泣きじゃくって目を赤くはらした顔で問いかけてきた。だが、俺たちに影響ないしなあ。「別に怖くは無いかな」と彼女に答え、背丈の小さい彼女の頭をぽんぽんと撫でて慰めてやった。すると「本当? 迷惑じゃ、ないの?」と質問してくるオロチに、メイドが「我々にそのスキルは効きませんので、問題ありません」とツンとしたように言い放った。相変わらず棘があるな。頼もしいが、時折見せる不機嫌さはやはり、このオロチの頭を撫でたからなのだろうか。なつく様に俺の体にぎゅっと寄り添うオロチを見て、俺は小さくため息をついた。俺にとっては毒にも薬にもなる、こいつの方が手に負えないんだがな。無意識に隣に立つ、この世界に似つかわしくない洋装のメイドをちらっと見てしまった。見るんじゃなかった。先ほど蛇頭に変化したオロチの髪より、俺にとってはメイドのこの有無を言わせない視線が苦手だ。いや、苦手と言うより何かを認めたくないのだ。
「機嫌治せよ」
「普通です」
「嘘つけ」
「メイドはレディに嘘はつきません」
つんと背筋を伸ばして店内に戻るメイドの後を追い、エレンたちの待つテーブル席に俺たちは戻った。するとエレンは「何かあったんですか?」と声をかけてきたので、俺はなんでもないと手を振った。そしていつの間にか並んだ、色とりどりの料理に目を奪われた。
「これは? エレンやカグヤが注文したのか?」
様々な小鉢や大皿に乗せられた黄金色の揚げ物などが並ぶ料理を見て質問すると、カグヤが「わしらが注文したのもあるが、店主が気持じゃと、わしらにくれたのじゃ」
「気持ち?」
俺がそういうと、店主やその部下だろうか、まだ若い15、16くらいの少年たちが店主の横に並び、彼らとともに「蛇蝎を倒していただき、感謝しております」と俺たちに礼をしてきた。女性がいない事も気にはなっていたが、やはり訳ありの街だったのだろうか。タイプは違えど男らしい、顔に傷のあるワイルド系の長身の美少年や、俺より小柄な中性的な少年、認めたくは無いが俺やメイド寄りの、小柄で女顔の華奢な美少年が、店主たちと共に俺たちに「これで母に会えます!」と嬉しそうに礼を言い、目から涙をこぼしている。そんな彼に、ワイルド系の少年が「泣くな馬鹿オヤマ!」と鼻をすすって俺たちに背を向けている。それに対して、中性的な美少年が、「バンも泣いているじゃないか」と涙を浮かべて笑っている。その様子にオヤマと呼ばれた女顔の美少年が、「僕ら、帰れるんだよ。ねえ、ラン兄ちゃん」と中性的な美少年に泣きじゃくりながら、問いかけている。
「ああ、気にするな。それよりこれ、毒とか入ってないのか?」
俺が彼らに問いかけると、眼鏡をかけたエレンが「マジックレンズで鑑定した限り、カグヤさんの家で食べた食事同様、毒は一切入っておりません」と、小鉢を手に取り、箸でその中に入っていた真っ黒い海藻の巻物を一つ口に運んだ。
「味も、甘じょっぱくて美味しいですわ」
「昆布巻きじゃな。これも、旨いぞ」
今度はカグヤが同じく小鉢に入った漬けた赤身、あれはマグロか?を口に運び、白飯をかっ込んでいる。疲れた体を癒すように、どんどん白米を口にするカグヤは、喉を潤すようにお椀に入った味噌汁を一気飲みしている。
「くふぅ、たまらん!」
カグヤとエレンは毒見までしてくれて、料理のお墨付きを与えてくれた。なら大丈夫か。料理の説明をしようとする店主よりも先に、俺は先ほどから気になっていた、黄色い揚げ物の盛り合わせの中から、持ちやすそうなエビフライの様なそれを手でつまみ、口に運んだ。黄色の衣を噛めばさくりと音を立てて、熱気とともに油と衣の甘みを伝えてくれる。中の具材はやはり剥き身のエビだったようで、衣とは違うエビの旨味が口の中にじゅわりと広がっていく。めっちゃ旨い。だが……。身に歯を入れたところで、メイドが俺にそっと湯飲みを差し出してきた。
「冷めてますよ」
相変わらず察しが良い。俺はメイドの飲みかけの茶を手に取り、それとともに黄色いエビフライを噛みきり、茶と一緒に流し込んだ。
「あっづ、揚げ立てか」
「も、申し訳ありません。なにとぞ、何卒、平に、平に」
平伏する店主に続く様に少年たちがエビフライの熱さに悶えた俺の機嫌をとるように頭を下げてくる。その大げさな様子に、椅子に座っていたオロチが申し訳なさそうに、「姉は気に入らない人間は、屋敷で食べてたから」と、エレンたち同様に料理に手を付けずに俺たちに事情を教えてくれた。そうか、どうやら蛇蝎に支配されていた頃の癖が抜けていないようだ。
「あー、大げさだ。顔上げてくれ。それとこれ、まだあるか? もうちょっと食いたいんだけど」
俺は食べかけのエビフライを彼らに見せて、お代わりを要求した。すると店主はいち早く立ち上がり、「天ぷらですね! 店の在庫尽きるまで、作ります!」と大げさな力の入れようで、少年たちを引き連れて厨房に戻っていった。
「天ぷらって言うのか、これ」
今度は息を吹きかけて少し冷まして食べてみよう。そう思っていると、メイドが塩の入った小皿を俺に差し出し、「てんぷらは塩を少しつけて食べるとよいでしょう」て教えてくれた。指示通りに塩をほんのりつけて食べると、甘みや旨味が際立ち、より食が進む。メイドのアドバイスに感謝しつつ、頭部の無い、開きになった小魚のてんぷらなど、箸が止まらない。
俺は木のメニュー看板を見ると、確かに『大人気! 天ぷら盛り合わせ』とミミズの様な字で書いてあった。
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