第49話 蛇蝎大夫の妹、オロチ登場


「オロチ!」

 顔だけになった蛇蝎がその少女の顔を見て、目をむいて名前を呼んでいる。その叫びにびくりと背をふるわせ、少女はくりんとした丸い目をぎゅっと瞑っている。そうか、オロチって言うのか。だが姉妹? そうなると敵か? カグヤを連れてきたオロチはやはり敵なのか? 蛇蝎は「早く助けろこの愚図!」と口うるさくオロチと呼ばれた少女を罵倒し、動けずにいる。そんな様子を前に、オロチがもう止めようよ」と蛇蝎に降伏を勧めている。その言葉に蛇蝎は俺たちではなく、オロチに敵意をむき出しにして今にも噛みつきそうなほどに目を吊り上げ、大きく開いた口からは毒蛇のように鋭くとがった牙を見せている。

「ふざけるな!」

「ふざけてないよ。……神様、ごめんなさい」

 オロチはあどけない様相を見せつつも、姉の不出来を謝罪するように、俺の方を見てぺこりと90度腰を曲げて、お辞儀をしてきた。何度も何度も謝罪をするオロチに俺は、「なんで神様なんだ?」と問いかけた。すると彼女は顔を上げて、俺の頭部を指さした。ん? あ、ネコミミ?

「その耳、獣の耳は、神様の証……」

 そんなこと言ったら、エレンの世界は神様だらけだな。そう思っていると、メイドが残党を一掃できたと、斬馬刀の大蛤を肩に担いで報告をしてきた。メイド曰く、侍と呼ばれる兵士たち以外に一般人も住んでいるらしい。その一般人は殺してはいないらしく、今は彼らは家や店の中で縮こまって隠れているらしい。そんな彼らも始末するかどうかを、俺に質問してきた。

「うーん、別に良いよ。害は無いんでしょ?」

「ええ。おそらくは。町民たちの多くはみすぼらしい服装で、聞けば無理やり蛇蝎や盗賊たちにさらわれて、この街で生活をさせられていたようです」

「そうなの?」

 相変わらず頭部だけの蛇蝎に質問すると、「私の街よ! どんなことをしようが、私の勝手よ! むぐっ!」と口悪く俺たちに答えてくれた。だがその言葉づかいにメイドが「なっていませんね」と反応し、持っていた大蛤と交換するように、俺の手から彼女の顔を片手でつかみ上げた。代わりに渡されたやたら重い、刃こぼれ一つない宝刀をアイテム欄に収納し、俺に背を見せて蛇蝎に説教をするメイドを眺める。

「口の利き方に気を付けなさい」

 口だけでなく頬ごとメイドにつかまれた蛇蝎にメイドは、「貴女の顔など、握りつぶすのは容易いのですよ」とぐぐぐと力をこめて、彼女の顔の骨をきしませていく。メイドの表情は見えないが、おそらくよほど怖いのだろう。涙目で命乞いをするようにこちらを見ている蛇蝎は、やはりもうこの街の女王と言う威厳はみじんも感じられない。理解できたようだと判断したメイドが彼女の頬ではなく、髪を掴んでこちらに歩いてきた。その道中も、まるで喉元過ぎれば熱さを忘れると言ったように、蛇蝎が口汚く気持ちを吐露している。だが蛇に睨まれた蛙のように、メイドと目が合ってすぐ言葉を引っ込めてしまった。

「畜生、畜生……ひっ」

「お姉ちゃん……」

「見てんじゃねえよ! い、いえ、見ないでください」

 うう、と泣いている蛇蝎に対し、憐憫の視線を向ける妹のオロチは、俺に「お姉ちゃんどうなるの?」と問いかけてきた。うーん、始末できるならしたいが、蛇蝎は生命力がすごいようだ。もう首から下に小さな体が生え、脱皮をするようにその体を大きくさせていく。

「しぶといですね。座り心地もごつごつしていて最悪だ」

 メイドが3人掛けのベンチ程度の長さになった、蛇蝎のサソリの下半身に腰を下ろしながら、感想を述べている。

「す、すみませんでした」

 蛇蝎はそんなメイドの言葉に、ただ悔しそうに謝罪をしていた。尻尾の毒針からも毒液は出ておらず、力なくその場に座り込むように動かない彼女は、完全にピアスに体を支配されているようだった。そう考えると、ラプター王は優秀なのかもしれない。その能力の恐ろしさを知っているエレン以外にも、カグヤまでも「なんて面妖な。恐ろしや」と感想を漏らしている。

「で、オロチちゃんはどうするの?」

 オロチに問いかけると、くりんとした黒目の大きな丸い瞳で俺たちを見て、「姉の暴走を、止めて欲しい」と申し訳なさそうに頭を下げてきた。その言葉の意図を説明すると、回復したばかりのカグヤが手を挙げて立候補してきた。

「そうだな。だが、街道でって言うのはな……。腹も減った気がする。空腹感は無いが、俺はエレンも疲れただろう。蛇蝎にこの辺に飯屋はあるかと問いかけてみた。すると彼女は「この先に、一件」と指をさして教えてくれた。そうか。なら案内してもらおう。俺もベンチに腰掛けるように、蛇蝎のサソリの背中に腰かけ、オロチにも手を差し伸べた。オロチは姉の背に乗るのはどうかと悩んでいるようだが、震えた声で「お乗りください……オロチ、様」と姉がいうので、俺の手を取って横に座った。

「本当だ。乗り心地悪いな」

「全くです」

 俺とメイドの会話に、オロチが申し訳無さそうに俯いてしまった。一方エレンとカグヤは流石にサソリの背中に乗るのは躊躇するらしく、それよりは乗りなれたオオグモの背に乗ってゆっくり俺たちの後をついてきた。

「へえ、下半身はサソリなのに、上半身はざらざらとして、まるで本物の蛇だな」

「お、お戯れを」

 蛇蝎がこちらに振り返り、必死な愛想笑いで俺にあまり触らないでほしいと言ってきた。だが振り返った際にその鱗に覆われた巨乳がメイドの顔にぶつかりかけ、メイドの反感を買ってしまった。

「知ってますか? 蛇もサソリも、焼けば中々いけるんですよ」

 片方の乳房をメイドにボールを掴むように握られた蛇蝎は、背筋を凍らせたように「申し訳ございません。申し訳ございません」と俺たちに謝罪をして、慌てるようにサソリの足をゼンマイ仕掛けのおもちゃの様にカタカタと動かして飯屋へ向かった。

「こ、こちらにございます……」

 恭しい様子で一軒の飯屋に案内された。木製の一軒家だが、飯屋らしく暖簾があがっている。だが先ほどの街の騒乱の影響か、街道には人っ子一人存在しない。飯屋の前にたどり着いた蛇蝎は店内めがけて怒鳴り始めた。

「おい! 誰かいないのかい!」

「は、はい、ただ今まいります。蛇蝎、様……こ、これは、一体……」

 飯屋の店主だろうか、頭頂部だけスキンヘッドで、それ以外はふさふさな艶のある黒髪を後頭部で束ね、棒のような髪束を頭部に乗せた男が何事かと店から出てきた。俺と同じような和装に身を包み、割と端正な顔立ちの若旦那が俺たちの前に現れ、俺たちを背に乗せてまるで馬車の扱いを受けている蛇蝎を見て、驚きのけぞった。

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