「綺麗な顔を溶かすのはかわいそうだけど、これも貴方が悪いのよ」

　自慢の毒針を見せつけ歪んだ笑顔の蛇蝎に対し、メイドは心底嫌悪したように「汚いものを近づけないでください」と、何かを砕く音を響かせた。とたんに蛇蝎が身をよじり、悲鳴を上げている。

「メイド‼」

「心配無用。それと彼女は外れです。生成の準備を」

　メイドは俺の心配をよそに、その自慢の怪力で蛇蝎の両腕をカニを食べるようにもぎ取り、その腕部の肩先を握り、まるで鞭を使うようにはさみで彼女の顔を切り裂いた。彼女は自慢の美貌の薄皮一枚を切られ血を流し、「血、わが、我が……美貌から血が」と叫んでいる。その様子にメイドが「切れ味も悪い。やはり不良品だ」と決めつけ、両腕を適当に捨てて、すとんと地面に着地して斬馬刀の大蛤を拾った。続いて両腕を亡くしたせいか、無様にバランスを崩して地面に落下した蛇蝎は「よくも、よくも」と、顔に土をつけて声を荒げて恨み節をぶつけている。

「黙りなさい」

　メイドはそう言って大蛤の刀身をカグツチの長刀のように水流で覆い、蛇蝎めがけて振りぬいた。すると水流が龍の様な形と化し、彼女の胴体を食らいつくしてしまった。頭部だけになってなお生きている彼女に、「やはり虫はしぶといですね」と俺の方へ振り向いた。その表情は嫌悪感を抱いているというより、半ば呆れているようだ。

「そうだな。それなら殺すよりも、飼うか……」

　俺はアイテム欄から偉そうな男を一人取り出した。その男を見たエレンが嫌悪感を露にしながら、「ラプター」と呟いた。カグヤは初めて見る冠を被った初老の男を見て、エレンに誰なのかを問いかけている。唇を噛みながらエレンが忌々しそうに、「私たちの国を襲った、悪魔ですわ……見てくださいまし」とカグヤに説明している。

　顔だけになってもなお暴れようとする蛇蝎は、「胴体が無くても、また頭さえあれば、体なんて生えてくる。それにこの髪が……髪が」とじたばた暴れようとしていた。そんな彼女の頭髪による攻撃を手刀で切り刻み、蛇蝎をショートヘアに変貌させていく。髪をメイドに切り刻まれ、ぼさぼさヘアーになった蛇蝎は、メイドの攻撃を前に「あ、あの……あのさ！　私はこの国の王と親しいから」と何か命乞いを始めている。

「あ、あんたもこの国の人間じゃないだろ？　見た目で分かるよ。ほら、私もそうだ。仲間だよ！　仲間！　わかる？」

　だがメイドは一切聞く耳を持たず、ラプター王からリング状のピアスをもらい、有無を言わさずに蛇蝎の耳にはめていく。その光景を前に蛇蝎が「な、なにそれ。耳飾り？」とご機嫌うかがうようにヘリ下り、メイドに話しかけている。だが一切無視を貫く彼の姿にさすがに我慢ならないのか、蛇蝎は声高に「てめえ、人が下手に出てりゃつけあがりやが……て」と叫ぶも、徐々にしりすぼみに言葉を弱めていく。

「レディ」

　まるで土から抜いたニンジンやダイコンなどを持つように、レディは蛇蝎の髪の毛を掴んで彼女の頭部を持ち上げてこちらに歩いてきた。その様子に理解が追い付いていないカグヤが警戒した様子を見せるも、それよりも動揺した様子の蛇蝎が「あ、う……」など何かをしゃべろうとしていた。

「無駄ですよ。貴女はもう、ただの奴隷だ」

　そう言ってメイドが彼女の頭をラプター王に手渡した。無言のラプター王は生気の無い瞳で蛇蝎のけばけばしいメイクや困惑した表情を見て、興奮したように自分の唇を舌なめ刷りをし、よだれをぼとりと彼女の頬に落とした。その光景に抵抗が一切できない蛇蝎が少女の様に、「ひぃぃ」と声を漏らした。「ラプター王、それくれ」

　今にも蛇蝎の頭部に噛り付かんばかりに空腹そうなラプター王に、俺はそれを差し出すよう指示を出した。するとラプター王は従順に頷き、恭しく俺に蛇蝎の頭部を差し出してくれた。強気だったはずの蛇蝎が涙目でこちらを見て、これからの自分の人生を絶望したように表情を歪ませている。そんな彼女の表情は少々そそられるものがあるが、頭部だけの彼女はもう抵抗を見せることは無かった。その光景を前に、残っていた兵士たちも刀を手から落とし、絶望したように膝から崩れ落ちていく。彼らは口々に「蛇蝎様」「蛇蝎様が、負けた……」「終わりだ……」と諦めを口にしている。ましてやクモ糸で拘束された兵士たちに至っては、抵抗が一切できない状況で絶望して命乞いを始めている。だが中には彼女を取り戻そうと俺たちに挑むものもいるが、J1や大蛤を操るメイドに傷一つつけることが出来ずに素材と化していく。

　周囲に敵影が無くなった頃、町民だろうか、カグヤと同じ年頃の見た目の、幼そうな町娘が俺の前に現れた。だがその頭髪は黒髪ばかりのこの世界では珍しい、鮮やかなグリーンだ。腰くらいまでの長さを持つ、癖のある長髪。それをセンター分けにして、利発そうなおでこを見せる少女は、「あ、あの……」とおずおずと俺たちに声をかけてきた。その隣には、まるで連れられた迷子のように、見知った一人の少女がいた。その光景にエレンが「カグヤ！」と喜び勇んで少女の方へ走っていく。敵かもしれない少女に疑いを持たないエレンに心配しつつも、少女は敵意を一切見せずにエレンにカグヤを渡してくれた。エレンは疲れ切った様子のカグヤに肩を貸し、よいしょ、よいしょと俺たちの傍に戻って、カグヤをオオグモの背に乗せて、彼女に手をかざす。それはエレンの得意技である、回復スキルのヒールの準備だ。精神統一をし、彼女はゆっくりと詠唱を唱えた。

「ヒール」

　カグヤに注がれる柔らかい風と光が、徐々にだが彼女の体調を快方へ向かわせる。その光景を見て、また偽物のカグヤも元気になっていく様子に俺たちは、少女が連れてきたカグヤが本物なのだと確信する。そんな光景をよそに、緑髪少女は俺が手に持っている、頭部だけになったこの街の女王、えっと花魁？太夫だっけ？　の蛇蝎をじっと見ている。蛇蝎の頭部に視線がくぎ付けの少女に俺は、「子供があんまり見るもんじゃないぞ。嬢ちゃん、名前は？」と問いかけた。すると少女は俺の質問には答えず、代わりに「お姉ちゃん……」とぼそりと呟いた。その声は本当にか細く、俺のネコミミじゃなければ聞き取れなかった。