第44話 死者の戯言


「レディ様?」

 エレンが俺にこれからの事を尋ねてきた。うーん、見つけるのは骨が折れるな。どうするか……。探索方法を考えていると、昨晩と比べて機嫌が良いメイドが「素材探索で城への方角を探せるのでは?」と探索方法を提案してきた。確かにな。俺のスキルを使えば、素材がある場所を感知できる。それを使い、素材が複数固まっている場所が分かるし、上手くいけば童話の魔女の家へと続くお菓子の道が発見できるかもしれない。あれ、パンの道だっけ? まあいいや。

「それでいこう」

 俺たちはメイドにワゴン車を運転してもらい、野原ばかり広がる平野を車で移動していく。道中何か変化があればすぐわかるように、後部座席にはエレンと偽のカグヤを乗せている。エレンは偽物だと知りながらも、必死につらそうな表情のカグヤを励ましていた。だが基本的に意思を制限して生成したため、あまり喋ることはない。ん……? そうか。

「メイド」

「わかりました」

 まだ名前しか呼んでいないのに、メイドは俺の言葉を全て察して運転席から降りた。そしてワゴン車の後部座席の扉を開けて、カグヤをまるで限定品を取り合う客たちのように、乱雑にカグヤの首を引っ張って野原に投げ捨てた。悲鳴を上げないカグヤの代わりにエレンが抗議の声明を上げるが、元より彼女の意見など無に等しい考えのメイドには、馬の耳に念仏だ。

 その間にもエレンはワゴン車を飛び出しメイドを止めようとするので、不本意だが俺は彼女を羽交い絞めにして拘束する。

「な、なんでこんなことを! 止めてください! レディ様!」

 耳元につんざく様に響く彼女の抗議の声を無視し、若干うんざりしつつ「早くしてくれ」と俺はメイドに催促した。

「いきます」

 彼女の問いかけに俺は首を縦に振った。それと同時に、彼はまるで家畜の首を捻るように、首をとった。そして止めと言わんばかりに、和装に身を包んだ首のないこの国の姫の胸に、手刀を埋め込んだ。手ごたえがあったのだろう。メイドはゆっくりと彼女の胸から手を抜き、赤く染まった手をこちらに見せてきた。それは任務完了と告げることと同時に、バトンタッチの合図でもある。

「お疲れ」

 俺はエレンの拘束を緩め、彼女を解放した。信じられないと目を見開いて首のないカグヤによろよろと歩み寄るエレンを、今度はメイドが拘束した。だが俺とは違い、羽交い絞めをする必要が無かった。メイドの握力はロボットの装甲すら砕くほどの力だ。そんな手で腕を掴まれれば、腕を切らない限り逃げることは不可能だ。事実腕を掴まれたエレンは、首輪とリードを繋がれた飼い犬同然だった。いや、飼い犬の方がリードが長い分、もっとましかもしれない。

「お早めに願います。彼女の口を手で塞いでますが、息が不愉快です」

 後ろを振り返れば、メイドがまるで人質をとるように、体の前でエレンを拘束していた。抱きかかえる様に彼女を抱き寄せる姿は一見仲が良いが、メイドの片手が彼女の口をふさぎ、細い指が彼女の鼻をいつでも塞げると言うように、動いていた。その様子に涙目のエレンが、「んー、んんー!」と何かを言っている。

「あんまり手荒にするなよ? エレンは生きてるんだし」

「邪魔にならなければ」

 メイドの言葉にため息をつきつつも、俺は先ほど処分したカグヤをアイテム欄に戻し、廃棄した。そして新鮮な黒焦げな素材を一つ取り出し、「レディメイド」と唱える。そうして出来上がったのは、疲れ切って息を切らし、長い黒髪を少し乱しているカグヤだ。自分の素材は自分で調達するのって……これって自給自足なのかな。

「あー、カグヤ?」

 座り込むというより、野原に倒れこんでいるカグヤの体を起こし、野原に座らせてやった。そして彼女に「俺のこと分かる?」と問いかけた。すると彼女は驚きつつもうなずき、「レディ、様にございます」と掠れた声で俺の名を呟いた。よし。意思疎通は出来るな。

「お前の体、今どこにある?」

 疲れ切った彼女は今にも眠りそうな表情で、「この先の、北にある、オロチの、街」と事切れるように呟いて完全に意識を失ってしまった。

「この先の街ですか……」

 エレンを解放してメイドが俺に歩み寄って尋ねてきた。同じくエレンもカグヤの生死を確かめるために慌ててこちらに寄ってきた。

「生きていますよ。死んでいたら、もう少し饒舌です。貴女の様にね」

 エレンが棘のあるような言い方をするメイドに何かを言いかけて、口をつぐんだ。なんだ? まあいい。俺も立ち上がり、「街へ向かおう」と彼らに言い、カグヤを赤子を抱くように抱えて、後部席に乗せてやった。後は後部席に座るエレンに任せて、メイドの運転で再び車を発進させる。

「不満ならばどうぞ口に」

 運転中のメイドが珍しく自分から、ルームミラーをチラ見してからエレンに話しかけている。だがエレンは小さく「いじわる……」とつぶやくだけだった。その言葉を聞きメイドは淡々とした事務的な声音で「死して口なし」と呟いた。そのあっさりとした言葉にエレンが「それって……」とくらい表情でメイドの方を見ている。

「生死の境を決めるなど馬鹿らしい。生きようが死のうが、意思の疎通が出来ればどうでも良いでしょう」

「メイド様は……それで良いのですか?」

 メイドは答えない。その姿を見たエレンは、これ以上メイドの言葉に何も言い返そうとしていなかった。ただ黙って、隣で寝込むカグヤをそっと見て無言になった。静まり返る車内は外の荒れた道を走り、がたがたと小さく揺れている。寄り道と言うわけではないが、道中スキルによって発見した、カグツチが狩った後の素材たちを収集しつつ、俺たちの視線の先に繁華街の様に活気のある街が目に入った。

「ここか……」

 俺たちは町のはずれに車を止めて、車内でこれからについて話し合うことにした。するとエレンはカグヤを看病したいと買って出てきたので、彼女に任せよう。カグヤも意識は戻ったようで、「ここじゃ……ここの、酒蔵に隠れている。気を付けよ……ここは、敵の手中」と俺たちに教えてくれた。

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