第40話 変身系ヒロイン、カグヤ

 カグヤは話を中断させ、「飯じゃ飯じゃ」と嬉しそうな表情で話を中断させた。

 まだ夕日が出たばかりのタイミングでの食事に、俺たちは疑問を覚えた。だがカグヤは「食事の時間じゃ。諸兄らも腹は空かんか? よければ一緒に食べて欲しい」と彼女は屈託のない笑顔で俺たちを見た。その姿は威厳もなく、ただの可愛らしい子供にしか見えなかった。毒の心配もあるが、せっかくだから俺もご相伴にあずかるために、ありがとうと礼を言った。すると彼女は「ではしばし、座って待っていてほしい」と言い、俺たちに座布団に座るよう指示を出してきた。エレンも食事の内容は気になる様子で、食事と聞いてくぅぅとお腹の音を鳴らしていた。メイドがふっと鼻で笑ったため、彼女は湯だつように顔を真っ赤にさせ、「生理現象です!」と反論している。だが相変わらず氷の様な対応しかとらないメイドに、彼女は沸き立つ怒りをぶつける様に勢いよく座布団に座った。今度は正座をしているようだが、カグヤが何か彼女に耳打ちし、それを受けて少し足を崩したように座っている。

「おお、来た来た!」

 カグヤはそう言って、室内にお膳を持った着物を着た女性を入室させていく。カグヤの召使だろうか。彼女たちはいくつもの皿や茶碗が乗せられた膳を、丁寧に俺たちの前に一つずつ置いていって去っていった。

「無粋な真似はせぬ。さあ食べようぞ。生憎、本日の献立に肉や魚は無いが、我慢しとくれ」

 彼女はそういうと、エレンは嬉しそうに顔を明るくさせ、「助かりますわ!」と声を上げた。だが用心のためと、彼女はその食事をマジックレンズで鑑定し、肉や魚が使われていない事、毒が盛られていないことを俺たちに教えてくれた。そういえばフィンは雑食だが、エレンは肉や魚を食べている印象は無いな。タマゴは好きなようだったが。肉は苦手だったのか。俺も運ばれた膳のメニューを見た。ぱっと見は山の様に盛られた白米、香りの良い葉が乗った透明なスープ、カラフルな野菜の煮物、煮豆、ピンク色の漬物に、あとは黒蜜がかかった、乱雑に切られたゼリーだ。小さな木のスプーンはあるが、フォークは無い。あるのは箸か……苦手なんだよな、箸。

 数回使ったことはあるが、フォークと違い食べにくい。だがしかし、贅沢は言えない。エレンを見ると、もっと困惑した様子で箸を見て、頭に疑問符を浮かべている。俺やカグヤを見て、似たような手つきで箸を操ろうと努力し、畳に数種類の野菜の煮物のうちの一つを、ころころと転がしていく。

「難しいですわ……」

「そうか、失礼した。カグヤが食事をとる手を止めて立ち上がると、まるで子供に字を教える様に、エレンの背後に立って彼女に箸の持ち方を教えていた。するとエレンも数度疑問を投げかけては試行錯誤をし、なんとかぎこちなくとも箸を操ることに成功した。

「よかったな」

「はい! 甘くておいしいです」

 隣で笑顔で米を食べるエレンの口元についている白米の粒を見た俺は、そっと彼女の顔にある米粒を取ってあげた。すると恥じらう様な姿を見せるが、「慣れないんだから仕方ないさ」とフォローし、俺はとった米粒を食べた。それを見たエレンはまた顔を真っ赤にさせ、顔を隠すように食事に戻ってしまった。あ、フォローしたつもりだったが、恥ずかしかったか。すまない。

「レディ、人の事を言える義理ですか?」

 俺の自己流の箸の持ち方が気にくわないのか、まるでこの世界の人間の様に慣れた手つきで箸を操り、口に食べ物を運んでいる。

「俺は良いんだよ」

「いえ、よくありません。貸しなさい」

 メイドはそう言って俺の言葉を遮り、俺から箸を奪った。そして器用に煮豆を一粒箸で取り、俺の口に運んでいく。

「主人の粗相を他人に見せるくらいなら、私が食べさせましょう」

「いいよ、恥ずかしい」

「恥ずかしいことなどありません。なにせレディは、私を親のようだと言ったではありませんか」

 根に持つように彼はそういうと、「ひな鳥に餌をやるのは、親の務めです。はい、次は漬物ですよ」

 有無を言わさぬ様子で彼は俺に食事を運んでいく。それを見たエレンは食事を止め、「卑怯です!」と叫んだ。だがメイドは、「箸もろくに操れないものは黙りなさい」と彼女を黙らせた。悔しそうな彼女は俄然やる気を燃やすように、ぷるぷると手や箸を震わせて豆を一粒一食べている。結局ほぼ全てをメイドに食べさせてもらう始末になった俺は、次回以降必死に箸を使えるように頑張ろうと決意してエレンの方を見た。俺の視線に気づかずに、すごい集中力で箸と格闘する彼女を見習わなければ。そんな中、スープだけでなく、デザートも箸要らずのスプーンで食べられると知り、ほっとした。それも食べさせようとする彼に、「これはスプーンで食べるもの。そうだろ?」とカグヤに問いかけると、彼女も「うむ。この木匙で黒蜜事掬って食べる、わらび餅は絶品じゃ!」とおいしそうな表情で舌鼓をうっている。その答えに不満げな彼は、「なら仕方ありませんね」と引いたものの、中途半端な餌付けで終わったためか、ご不満のようだ。

「これ、これ美味しいですね! わらび餅って言うんですか」

 エレンが嬉しそうにゼリーの様なデザート、わらび餅を一つ掬っては目を輝かせている。俺も一つ食べてみると、確かにゼリーとは違った弾力のある不思議な食感がくせになりそうだ。味もこのわらび餅自体の香りや、黒蜜のとろっとした癖のある甘さが後を引いて何個も食べたくなる。お替りをしたくなったが、不意にカグヤの表情が変わった。

「夜が来た……すまぬ」

 カグヤはそういうと、わらび餅を食べる手を止めて立ち上がった。

「先ほど、妾に隠し事があると言っておったな」

 ああ。確かに言った。エレンもわらび餅を食べながら、こくりと頷いた。それを見たメイドは「エレン」と声をかけた。するとはっとしたように彼女は装着していたマジックレンズで、カグヤをじっと見つめている。

「あ、あれ!?」

「どうした!」

 エレンがマジックレンズをいったん外し、再度装着して驚きながら「カグヤさんが、男性になりました……」と驚いていた。

「性別が変わった!?」

 馬鹿なことを言うな! そう言おうとした矢先、確かによく見れば、いや、よく見なくてもカグヤの体は明らかに変化していた。背が一回りほど大きくなり、俺たちよりも背が高くなっていた。肩幅も広くなっている。着ていた着物を邪魔とでも言うようにはだけさせ、筋骨隆々な体を俺たちに見せている。幼かった丸い瞳も、鋭さを増した一重に変わっている。髪の毛も黒から池の緋鯉の様な鮮やかな燃えるような緋色に変化し、俺と同じような尖った獣の耳を生やしている。彼はその力を解放するように轟くような叫び声をあげた。途端に、室内の温度が上昇したような気がしてくる。そう思うと、俺の額や背中から汗がにじんできたのが分かった。


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