第38話 初めての○○。動けない相手をからかってはいけません

 

 造園の様に整った様式の庭や、池。その池の中に、大きく鮮やかな緋色の魚が泳いでいた。

「あの魚、高そうだな」

「あの緋鯉は、献上物です」

「貰いモノってことか。良いな」

「無料ってことは無さそうですが、その点が襲われていた理由でしょうか」

 ただ感想を漏らす俺と比べ、メイドがなにか知ったような口調でカグヤに問いかけた。それに対し、「御見それいたしました」と言葉を吐く彼女に、言葉の意味は理解できずともエレンも何か察したようだ。小さな木製の屋敷が並ぶ中、ひときわ大きな建物に入っていく。

「靴は脱いでおあがりください」

 カグヤはそういうと、玄関のような場所でブーツを脱いで黒いタイツを露にさせた。それに続き、俺たちは靴を脱いで案内されるがままに、レトロな10畳ほどの畳張りの部屋へ案内された。

「おお、カグヤ!」

「心配をかけさせないでおくれ」

 一瞬ドワーフの執事、トルダムを彷彿とさせる老夫婦が縋るようにカグヤに泣きついてきていた。野党やカグヤとはまた違う服装で、少し厚手の一枚布で出来た服を、大きな帯で巻いている。彼女の親だろうか、いや、年齢的に祖父母のようだ。そんな老夫婦に彼女は「心配かけさせた」と謝罪し、俺たちを紹介した。すると夫婦たちは目に涙を浮かべ、手を合わせて「ありがたや」と何度もつぶやいている。その姿がどうも、城の彼らを思い出させる。

「金の髪を持つ者たち、短髪がメイド殿、長髪がエレン殿、そして猫の耳を持つ黒髪の肩がレディ殿。そして最後に巨大な入道が」

「こいつは紹介不要」

 俺はコンドルをアイテム欄に収納し、あくまで意思疎通が取れるのはこの三人だとカグヤに伝えた。すると老夫婦たちが「ひいい」と悲鳴をあげて後ずさりし、今度は別の念仏を唱えている。カグヤも「あな恐ろしや」とつぶやきつつ、「そ、それは一体」と俺を見て驚いている。

「そなたは一体……」

「レディ様は、英雄、いや、神ですわ!」

 カグヤの問いかけに、なぜかエレンが胸をはって答えてくれた。ありがとう。だがそれ言い過ぎ。見ろ、カグヤが引いているじゃないか。

「エレン殿、聞き間違いやもしれぬため、今一度聞くが、神、とな……?」

 カグヤが信じられないといった様子で、エレンや俺を見ている。だがエレンは俺の腕に体を絡め、「私も私の国も、レディ様に救われました!」と嬉しそうに語っている。まあすぐにメイドが俺とエレンを慣れた手つきで引きはがし、「救われたかは別として、レディは神をも凌ぐ力を持っています」と彼からもお墨付きを貰ってしまった。

 その言葉に恐れおののく様に、老夫婦たちが部屋から出て行ってしまった。だがカグヤはその姿を見て「不愉快に思われたらすまない。まあ腰をかけてくれ」と俺たちにクッションを差し出してきた。平べったいクッションは座りやすく、エレンも「柔らかい」と嬉しそうな感想を漏らしていた。

「座布団は気に入ってくれたか? それは良かった」

 座布団と言うのか。このクッション。俺も座布団に胡坐をかきながら座り、エレンやメイドはカグヤのように膝を曲げて背筋を伸ばして座っていた。

「エレン殿、メイド殿、レディ殿の力は確かにすごい。私も初めて見る力ばかりだ。だがこの国で、神と言う言葉は迂闊に口にせぬ方がよい」

「ああ、別に言いふらす気はない」

 俺が手を振って否定するように答えると、メイドが「何故でしょうか」と問いかけた。この国の情勢を知りたいのだろう。その問いかけにカグヤは、「この国にはどうやって? 服装もそうだが、この辺りでは見ぬ服装だが」と至極当たり前な疑問を投げかけてきた。それに対し、俺は天井を指さし、「空から」と答えた。メイドも「同じく」と同意し、ただ唯一エレンだけが、「私は気が付いたらこちらに来ておりました」と答えた。そしてなにやらもぞもぞと、座りながら体を揺らしていた。

 エレン? 問いかけると、汗をにじませた表情で「だ、大丈夫ですわ」と虚勢を張っていた。そんなエレンにカグヤが、「正座は初めて?」と少し苦笑しながら問いかけた。

「え、ええ。初めてですわ、このすわりから」

 ろれつが回っていないエレンはまるで矢でいられたように、ばたんと倒れてしまった。大丈夫か!? 倒れるエレンの肩をゆする俺に対し、彼女は「ゆ、ゆりゃさにゃいで」と酔いが回ったように苦しそうな表情で、足をけいれんさせていた。毒か? この世界の空気にはエルフにとっては毒があるのだろうか。

 けいれんしている彼女の足を手に取り、血色などを確認する。特に異常は無いが、触るたびにエレンが悲鳴を上げている。それに対しメイドはツンとした表情で何食わぬ顔で、座ったままだ。

「い、いや、な、なに、か、きます。あああ!」

 背筋をそらしびくびくと体を揺らしてぐったりするエレンを前に、カグヤが「足が痺れたようじゃ。どれ」と立ち上がり、エレンの足裏をそっと触れた。するとまた意識を取り戻したように、エレンが「ひぃぃ」と悲鳴を上げている。

「数分寝かせれば、元に戻るであろう」

 エレンの様子を見たカグヤがそう言って、寝込むように疲れ果ててだらしない表情を浮かべる彼女を見て笑った。

「メイドは平気なのか?」

「ええ」

 彼はエレンとは違うというように、凛とした様子で正座を崩さない。そんな彼を見て、つい魔が差してしまった。正座をしているせいで露になった彼の足裏を、つい突いてしまったのだ。するとエレンと似た反応を見せ、正座を崩さなくても背筋を弓の様に反らすメイド。なんだ、同じじゃないか。メイドも痺れるのか。こいつにもしっかり人間らしさがあるんだなとホッとした矢先、目の前に鬼がいることに気が付いた。

「レディ、少々おふざけが過ぎますね」

 俺のネコミミのような角を生やしたようなオーラを見せるメイドが、俺に仮面のような微笑を向けている。いくらこちらが話しかけても、言い訳しても一切変わらない彼の表情筋。だがこちらも学んでいないわけではない。こういう場合の彼の対処法は、これしかない。

「やられる前にやってやる!」

 俺はネコミミを得てから跳ね上がったような気がする身体能力を活かし、彼にとびかかった。まるで猫のようだと思いつつも、四つ足で力を籠め、彼に向ってダイブする。結果は……ダメだったよ。

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