第37話 幼姫カグヤ登場? 


 野盗だろうか。薄汚れた膝上くらいの長さの着物を着て、腰あたりにはベルト代わりの茶色の紐が巻かれている。歩くたびに見える薄汚れた布のような下着に、俺たちは反射的に目をそらした。だってそうだろう。汚物は見たくない。それが集団で現れたんだ。しかも臭い。城下町に入った時に感じた異臭と近い匂いを発する彼らは、到底まともな人間だとは思えなかった。

「みいつけた」と歯抜けの口を見せて笑うその姿も、嫌悪感を増長させた

「ご、ごめんなさい」

 黒髪の少女は俺たちにすがるように近寄り、巻き込んでしまった事を謝罪している。本当だ。こんな汚物見たくなかった。だが汚物でも人間らしく、口を開けば見た目にふさわしい汚い言葉を吐いている。

「こりゃあ幸運だ」

「楽しめそうですね」

「珍奇な姿だが、剥げば一緒よ。一人獣憑きもいるようだが、顔は合格だ」

 テンプレのような悪役の姿に、俺の中で何故かコンドルの評価が上がっていた。だって彼も悪童だろうが、清潔に保っていた。俺はそんなことを思い出し、「レディメイド」とスキルを使って、コンドルを生成した。ノリの聞いたパリッとしたシャツを着た、皺ひとつないスーツを着た禿げ頭。うんうん、これこれ。手にはしっかり重厚な拳銃が握られている。だが彼らのセリフをコンドルも確か、死に際に言っていたような気がする。やはりこの顔や華奢な体じゃ女に間違われるらしい。まあ慣れたことだ。俺はコンドルの肩に手を置き、「掃除頼むわ」と依頼した。

 コンドルは黙って頷き、その銃口を先頭にいる野盗の心臓に鉛玉を一発撃ちこんだ。硝煙の匂いを漂わせながら、続いて二発、三発と他の野盗に打ち込んでいく。その腕は確かで、撃たれた野盗たちは皆倒れこんでいく。

「い、石火矢?!」

「馬鹿、火縄銃だ!」

「あ、あんな連射ができるなんて聞いてねえ! それにあの男、どこから現れやがった!」

 生き残っている野盗たちは自分たちが相手をしている存在が異形だと気が付いたらしい。逃げようとする野盗たちの両足を打ち抜き、動けなくしていくコンドルは、倒れている敵の内、一番身なりがよさそうな男の髪をつかみ上げた。

「コンドルの鋭い目つきや粗野だが的確に痛みを与えつつ、致命傷にならない攻撃を前に、野盗のリーダーが涙目で命乞いをしている。だがコンドルは一切無言で、ただじっと睨んでいる。その片手に握られた銀色の拳銃が、太陽を反射しギラリと輝いた。

「ひ、ひぃっぃ」

 言葉にならない悲鳴を上げ、野盗のリーダーはべらべらと雇い主やもう襲わないと俺たちに全てしゃべってくれた。その様子にメイドが頬を膨らませてぶすっとした表情で、「私の出番がありません」と不平を漏らしていた。普段はクールなくせに、喋るようになってから随分感情を表に出すようになったな。そう思いながら、「まあ、汚いものを触らせたくないから」と俺は適当な慰めの言葉を彼に送ってやった。

「でしたら、彼女をここに連れて欲しくはありませんでしたね」

「わ、私と野盗を一緒にしないでください!」

 エレンはメイドのボヤキに顔を真っ赤にさせて反論している。だが軽く流された上に、メイドや俺が突然現れた黒髪の少女に興味が移っていたせいで悔しそうに「もう!」と不満を叫んでいた。こうやってみると、エレンも幼くなったな。両親の存在ってやつはそれほど重責から解放してくれるのだろうか。国を治める姫としてではなく、ただの一人のエルフとして俺たちに付いてきたがった彼女の様子も気になるが、今はこの世界の情報が必要だ。

「立てるか?」

 俺はぽかんと口を開いている少女に手を差し出し、立ち上がらせた。すると彼女はどこかの令嬢だろうか、慌てて着物やスカート、いや、メイドの着ているスカートとタイプが違う。確か、ハカマとかいうやつか?の汚れを手で払い、礼を言ってきた。

「お助けいただき、感謝申し上げます。私の名はカグヤと申します。年齢は20になります」

 20!? 俺とほぼ同い年じゃないか。俺は思わず彼女の背丈を確認した。150センチほどの小柄な彼女に、「子供じゃなかったのか」と言ってしまった。だが彼女は怒る様子も見せず、むしろ「その見目が問題で、襲われておりましたゆえ、助かりました」と聞流してくれた。その間に数発の銃声が響き、周囲に素材が複数誕生した。俺は素材を収納し、コンドルを護衛代わりに彼女が案内する家に向かうことにした。

「確かに人間としては、その年でその見た目は若いですが、どうしてそれが原因で襲われるのですか?」

 エレンが疑問に思ったことを、カグヤに問いかけた。まあ気になるよな。エレンなんてもう100歳を超えている。カグヤと比べれば……おっと、睨まれた。

「私はそういう種族です! もう! 意地悪!」

「悪い、許して」

 へそを曲げた様なエレンの姿に、メイドがすかさず「始末しますか?」と手ぐすねを引くように指を鳴らした。その姿に彼女は小動物の様に悲鳴を上げて、俺の傍にぎゅっとすり寄った。

「仲が良いんですね」

 カグヤの言葉にシンクロしたように、メイドとエレンが「違います!」と否定した。やっぱり仲が良いんじゃないか? そう思っていると、今度は二人からにらまれた。

「ここです」

 カグヤが案内してくれた家とは、とても立派な屋敷だった。城壁のような3メートルほどの高い壁に覆われた先に、三角の屋根が見える。彼女は屋敷に続く、奥の建物と似たような屋根を持つ門の前まで行き、槍を持った二人の門兵に扉を開けるよう指示を出した。

「ひ、姫!そ、その者たちは」

「恩人じゃ。他意は無用」

「お、恩人!? ということは、また襲われたのですか!?」

「他意は無用と言うておろうが!」

 若干メルクリウスのような口調で門兵に怒鳴る彼女に気圧された兵士たちは、ただ黙って俺たちを一瞥した。だが結局カグヤには逆らえず、不審がるも扉を開けてくれた。カグヤに続いて入っていく俺たちだが、さすがの門兵もコンドルを中に入れるのは躊躇っているようだ。何か言いたげな様子でこちらに視線を送っている。まあ仕方がない。コンドルは悪人だ。彼らの不審者警戒アンテナは正常だと認識した。

 鮮やかな色の魚が跳ねる石造りの池や、丸みを帯びた木々が並ぶ建物内に、俺は思わず目を奪われた。

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