第32話 メイドの子守歌


 風呂上がりにエレンたちと合流した俺は、彼女たちの話を聞く余裕も出ず、心配するエレンやダグラスたちには悪いが、就寝させてもらうことにした。するとトルダムも心配そうに俺たちを貴族用らしい豪華なフカフカなベッドがある部屋へ案内してくれた。白や金を基調とした部屋には、壺や風景画などの調度品が飾られており、少しだけテンションが上がった。だが安物だった。がっくりとしながら俺は服を脱ぎ、下着だけになってなだれ込むように、ダブルベッドに倒れこんだ。するとぼふりと優しくベッドは俺を包み込んでくれる。

「毛布をおかけします」

 メイドがそう言って俺に羽毛布団をかけようと布団をもっていた。だが俺は布団をかけてくれた彼に、「おい」と声をかけた。すると彼は一瞬黙ってこちらを意地悪そうな笑みで見ている。

「問答は無しだ。疲れた」

「はいはい」

「レディはメイド服を脱ぎ、肌着になって俺と同じベッドに入ってきた。そして俺を包み込むように、布団代わりの様に抱きしめていく。

「お疲れさまでした……ゆっくりお休みください」

「わかってる」

 風呂上がりのボディーソープの石鹸の香りを漂わせる彼の体を抱き枕代わりに、俺は眠りにつく。疲れた時にはこれが一番だ。風呂上がりの火照った体での就寝はやはり心地が良い。この世界にきてやっと熟睡できるような気がする。抱き枕代わりの彼も、無言で俺を起こさないように気を使ってくれている。

「ありがとう」

 くやしいが、しゃべられるようになったメイドに助けられた数々の出来事が俺の脳裏に流れた。だから俺は、彼に聞こえない小さな声で彼に感謝を呟いた。すると彼は聞こえていたのか、俺の頭を柔らかく包むように、子ども扱いをするようにそっと撫でてきた。しかも子守歌付き。くそ、言うんじゃなかった……。

 ――ここは一体……。

 照り付ける太陽、見渡す限りの草原。一律の長さで切り揃えられたような草が風に揺らぎ、波のように揺れている。俺はその草原の中に一人立っている。何かを探しているように首を振って周囲を探す俺の頭部に、ネコミミは無かった。それで俺は、ここが夢だと分かった。まるでテレビを見ているように、草原に立つ俺が視線の先に移っている。だがどこだろう。今までいろいろな場所へ旅に出たが、見覚えは無い光景だ。ん? 視線の先にいる俺と目が合った。やっと見つけたというように、俺が近寄ってくる。だが俺の体は全く動かない。近寄ってくる俺は何か嬉しそうな表情で何かをしゃべっている。だが、なにも聞こえなかった。目の前で口をパクパクと動かしている俺を見ていると、なんだか胸が痛くなってきた。夢なのに痛覚があるのか、不思議だ。それにこんなにはっきりと意識がある夢は、始めてだ。

「……い、……さい」

「はうっ!」

 体を揺らされ俺はベッドから起き上がった。見れば添い寝をしていたメイドが、俺を起こしたようだ。

「起きてください。ダグダ王らがお呼びのようです」

「今は?」

「もうお昼です。ぐっすりお休みしていたようなので、本当は寝させてあげたかったのですが」

「いや、大丈夫。ありがとう」

 メイド服をしっかり着込んだメイドが、申し訳なさそうに俺に頭を下げてくるので、俺は気にするなと手を振った。するとメイドはガラスのコップに入った水を俺に手渡し、喉を潤すようにと差し出してくれた。

「ああ、ありがとう」

「で、どこへ行けばいい?」

 空になったグラスを彼に返し、俺はベッドから立ち上がって昨日着ていた服を着ていた。そういえば、この服匂わないな。なんでだろう。メイド洗ってくれたのか?あくびをしながら俺は背伸びをし、凝った体をほぐして、ゆっくり廊下へ歩いていく。すると彼は「王の間へ向かいましょう」と俺の隣歩きながら、今日の予定を教えてくれた。道中昨日あったコダヌキの獣人やメリーが仲良く廊下をかけていった。だが背後から大きな声で、「レディ様、メイド様おはよう!」とあいさつが飛んできた。

「ああ、おはよう。走って誰かとぶつかるなよ」

 俺は彼らの方へ振り返り、こぎれいになった彼らにちょっとした小言を投げてみた。すると彼らはハモるように大きな声で「わかった」と叫び、手を振って去っていた。子どもは元気だな。

「レディはお疲れですか?」

「あー、いや、つかれていないな」

 あんだけフカフカなベッドに寝たんだ。疲れてない。だがその問いかけに俺は、先ほどまで見ていた夢について彼に聞いてみた。

「なあ、メイド。俺たち草原って行ったことあったっけ?」

 すると彼は、ゆっくり歩いていた足を止め、「草原、ですか?」と質問を質問で返してきた。だから、草原だって。

「いえ、心当たりはありませんね。夢の話でしたら、私はレディの夢にはお邪魔できないので」

 いや、夢だけどさ。ていうか、そんな常識人みたいな返答されたら、まるで俺が夢を見ている少女のようじゃないか。一瞬自分の記憶を探しているように黙る彼だが、何事もないようにまた歩き始めてしまった。なんだ、あれは本当にただの夢だったようだ。道中誰かに出会う旅に大仰な挨拶をされ続け、ちょっと辟易してきた。だがそんな俺たちも何事もなく王の間の前までたどり着き、扉の前で待っていた老執事のドワーフであるトルダムが「おお、お待ちしておりました」と俺たちを見て顔を明るくさせている。

「悪いな。寝てて」

「いえ。お休みのところご足労頂き、感謝申し上げます」

 曲った腰をさらにまげてお辞儀をする彼は俺たちに、「どうぞ」とドアマンの様に扉を開けてくれた。中に入ると、ラプター王が座っていた椅子ではなく、その手前に用意された円卓を中心に快復して血色の良い顔のダグダ王やその息子ダグラスが椅子に座っている。無精ひげをそり落とし、若々しい姿の優男にランクアップしている。隣に座るエレンも長い髪を太い一本のみつあみにして、後ろに束ねている。あどけなさの消えた、きりっとした表情の彼女の隣には両親が、さらにその隣に俺が生成したエレンも本物同様の髪型をして円卓の椅子に背筋を正して座っている。

「なんだか堅い雰囲気だな」

 俺は彼らのように空いている椅子に座り、彼らと対峙する。メイドは俺の背後に立っているが、ダグダ王やフィンが「君も座ってくれたまえ」と、メイドに声をかけている。結構ですと断ろうとする彼に、俺は隣の椅子を引き、彼にも座るよう促した。仕方ないというようにため息をついたメイドは、渋々彼らの指示に従い、椅子に腰かける。

「では、改めて礼を言わせてもらおう。ありがとう。レディ殿、メイド殿」

 ダグダ王は椅子から立ち上がり、円卓に両手を置きながら、ゴツンと音を立てて円卓に頭を打ち付けた。それに続く様にダグラスも父同様に俺たちに頭を下げてくる。「仲間たちだけでなく、我々まで救ってくださり、本当に感謝申し上げます」

 ダグダ王は低いしゃがれた声で俺たちに礼を言い続けている。それに続きエレンも立ち上がり、深々と俺に頭を下げてくる。

「このご恩、一生かけてもお返ししたく、思います」

「そうですか。では、ダグラス」

 エレンの言葉にメイドが口を開き、エレンの隣に立つダグラスに声をかけている。そうか、そうだな。

「ダグラス、約束の品をお願いいたします」

「そうだな。ダグダ王、貴方は知らないかもしれないが、俺たちはダグラスと約束をしている」

 俺たちは善人ではない。だからこそ、貰うものはもらわなければならない。そう思った俺たちに、ダグラスは親指を立てて「もう準備してるぜ」とにかっと歯を見せて笑っている。

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