第30話 凱旋、だけど汚いからまず風呂ね


 娘と同じ容姿の偽エレンに驚いているフィンに、ダグラスは深々と頭を下げ、「お久しゅうございます」と挨拶をしている。その挨拶にフィンは、「君は、本物なのか?」と疑問を投げていた。その問いにダグラスは真面目な声で、「はい。生き恥を晒し、私と王は今日まで生きてまいりました」と返答している。そんな彼の苦労を感じたのか、フィンは彼の肩にそっと手を置き、「我と違い、よくぞ生きていてくれた」と労うように感謝の言葉をかけている。

 一方、俺が作った偽のエレンは、馬車の荷台から降りてきた本物のエレンや母であるグロリアと対面し、談笑している。耳をすませばどんな会話か聞こえるが、大事や戦いに関すること以外、興味は出ない。それにエレンのプライベートを詮索する趣味は無い。するとフィンやダグラスが、少し散歩をして城へ向かいたいと俺たちに言ってきた。エレンや偽の彼女、彼女らの母であるグロリアも同様で、申し訳ないというようにメイドに自分が御者をやっていた馬車を任せてしまう。

「かまいません」

 彼はフィンたちの申し出に了承し、俺と二人御者席で本丸へと向かうことにした。だが残存兵の危険性を考え用心のためと、オオグモに乗ったピーターとスポットが側近の様にフィンたちの護衛を務めたいと言ってきた。その申し出を俺は受け入れ、彼らによろしくと言葉をかけてから馬車を走らせる。

 疲れを見せずに荷台を引いていく馬に助けられながら、俺たちは二の丸にある屋敷に到着した。すると小柄な体を老人の様に前方に湾曲させた、ドワーフが俺たちの到着を待っていた。

「お疲れ様です。お待ちしておりました。トルダムと申します。馬車はこれで最後でしょうか」

 恭しくあいさつや状況把握に努める老人のドワーフであるトルダムに、俺たちは「ああ」と肯定する。すると「客室や疲れをとるために浴場の準備は済んでおります」としゃがれた声で言い、誰かを呼ぶようにパンパンと拍手して見せた。すると筋肉の鞠のようなずんぐりした体のドワーフが、「馬を預かります!」とその体格に見合った元気の良い声で、俺たちから馬を預かってくれた。だから俺たちは御者席から降りて、荷台からも続々とエルフや獣人たちが下りていく。

「風呂か。温泉か?」

「温泉? いえ、谷底の川の水を汲んで炊いた湯でございます。彼らは大浴場で、レディ様たちは王族用の浴場を用意しております」

「へえ、すごいな。そんな技術があるのか、この城」

「ええ。なにせここはわれらドワーフ達の居城。鍛冶に必要な大量の水をくみ取るために、貯水も行っておりますゆえ」

 ドワーフってすごい。あの町の古臭い状況とは思えない、ちょっとした技術だ。彼が呼んだ恰幅の良いおばさんのようなドワーフに案内され、特に女性型のエルフや獣人たちが嬉しそうに浴場へ向かっていく。

「俺たちも風呂行くか?」

「そうですね」

 レディも風呂に入りたいと同意し、俺たちもトルダムに案内してもらった。二の丸の奥の道へ向かう彼らとは異なり、トルダムは本丸の方へ進み、こちらです。と湯と書かれた扉の前へ俺たちを案内した。

「お着替えはどうなさりますか? サイズが合うものを見繕ってまいりますが」

 ああ、大丈夫。気にしないで。俺は彼に手を振り、必要無いとジェスチャーをした。メイドも同様で、「私たちの心配は不要です。タオルだけお願いします」とトルダムに依頼している。

「タオルや石鹸は中にございますゆえ、ご自由にお使いください」

「そうか、ありがとう」

 俺たちは改めて彼に礼を言い、扉をくぐった。脱衣所はざらざらとした滑りにくそうな石畳になっており、中心に休息用だろうか、小上がりのような3畳ほどの板の間がある。その板の間に、厚手の綿で出来たバスタオルやハンドタオルが何枚も綺麗に畳まれて置かれている。

「はあ、二日ぶりの風呂か?」

「そうですね」

 メイド服をしゅるしゅると絹をこすらす音を立てて脱いでいくメイドに話しかけながら、俺もパーカーやズボンを脱いで、下着姿になっていく。にしても、こんなしっかりした脱衣所とは……お! 俺は浴室に続くであろう熱気を感じる扉の傍にある、全身鏡に気が付いた。

「この国にきて初めて見た。へえ、こうなっているのか」

 俺は頭に生えたネコミミを初めて見ることが出来た。そうか、こうなっているのか。おお、自由に動く! ピクピクと動かしたり、しょんぼりさせたように垂れさせたり遊べるネコミミに、テンションが上がっていく。すると俺の新たなチャームポイントを、彼は背後からつねってきた。

「いだぁ!」

「痛覚はあるのですね。良いフニフニです。癖になる」

 鏡越しに見える俺と同じく下着姿のレディは、俺が叫んだからか、先ほどよりも力を緩めてネコミミを軽くつねり、今度は俺の黒髪に隠れた本来の耳をふにふにと触っている。少し表情を蕩けさせた様な表情でネコミミや俺の耳を触る彼に、俺は「楽しいか?」と問いかけた。すると彼は「やや」と、簡潔な感想を漏らして耳を触り続けている。

 そうか。だがこうやってみると、改めて獣人っぽいな。獣というより俺の黒髪に覆われたネコミミが頭に生えるだけで、人間離れした気分だ。

「だが改めてみると、俺たち細いよな」

 鏡に映る下着姿のレディや俺たちの全身に無駄な脂肪が一切ない、身体をまじまじと見る。力こぶを作ってみても、うっすらとしか盛り上がらない。彼も同様で、鏡越しに彼の方を見ると、「ほら」と同じようなポーズを作り、一切隆起しない上腕を見せてくれた。

「この腕で、なんであんなに力が出るんだろうなあ」

 彼の方を振り返り、力を緩めた彼の二の腕をフニフニと触って、独り言をつぶやいてしまう。腹筋だってそうだ。うっすらと割れてはいるが、筋肉が浮き上がったと言うより、脂肪が無いせいで割れて見えているだけだ。腹の線をなぞるように触れても、やはり筋肉はなさそうだ。俺は身体同様に、整った細面の彼の真っ赤になった顔を見た。すると彼は目を合わせれば口を結び、少し涙目で俺の方を睨んでいた。

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