第29話 神々の凱旋


 目が覚めると俺は、心地よい涼し気な風が流れる車内で、クッションシートにもたれかかっていたことに気が付いた。

「目を覚ましましたか。おはよう、レディ」

 なぜか笑みを浮かべるレディを見て身震いしてしまい、あわてて周囲を見渡した。ゆっくりと走るレディの駆るワゴン車は、背後に続く馬車を先導する水先案内人のようだった。車のミラーで背後を確認し、改めて俺は「もう村を出たのか」と彼に問いかける。すると彼は、「もう昼前です。城に着くのは夕方になりそうですね」と状況を教えてくれた。そうか。レディの言う通り、日が赤みがかって来た頃には、俺たちは城下町にたどり着くことが出来た。

 俺の作った偽の守衛が、ノータイムで俺たちの馬車や車を町へと通過させる。彼らから見たら敵対している人間たちの町に入るのは少々戸惑いがあるのか、ワゴン車と馬車の車間が開いていくことに気が付いた。車をバックさせると、通って良いのか疑問視している御者の獣人たちが困った様子で車から降りた俺たちの名を呼んでいる。

「レディ様‼」「レディ様‼」「レディ殿‼」

 最後はエレンの父だ。神様呼びをやめさせることは成功したが、様付だけは彼らは絶対譲らなかった。結局車を収納し、俺たちはフィンの駆る馬車の御者席へ座ることにした。三人掛けでも何も狭くない、木でできたやや座り心地の悪い椅子。そんなことを思いながら町へ入っていくと、ある変化に気が付いた。

「人、減った?」

 居酒屋の明かりや騒音が少ないのだ。小便くさいのは変化ないが、町の活気が少ない様な気がした。周囲を見渡す俺たちに、「あの」と怖がりつつも声をかけてくる少年がいた。俺たちは馬車を止め、彼の方を見る。薄暗くなりかけていくこの時間に、見すぼらしいボロをまとう少年の濃色のブラウンの頭部には、丸みを帯びた耳が生えていた。あどけない垂れた目で彼は俺たちをじっと見ている。

「君は?」

 俺の問いかけに、狸のような顔をした小柄な少年が怯えたように、「元、奴隷」と言葉を吐いた。それと同時に言葉が通じると分かったのか、彼の言葉に呼応するように子供のような様々なスラムを思わせる服装の浮浪児が集まってきた。野獣臭さを漂わせる彼らを見たメイドは、「おそらく国王を倒したおかげでしょう」と俺に耳打ちをしてくれた。

 ああ、そうか。あのスキルが無くなった今、彼らは自由だ。だが、そうなると大人の獣人はどこへ? 俺は彼らに問いかけると、「奴隷のピアスが無くなって、大人たちは慌てる様に逃げていった」と悲しそうな表情で教えてくれた。そうか、捨てられたのか。まあ、仕方ないだろう。大人だろうが子供だろうが、無力な時に人を助ける余力は無い。

「後ろの荷台に乗りな。これから城へ行く。きっとお前らの仲間もいるよ」

 城と言う単語を聞いて、彼らが一瞬怯えた様子を見せた。だが俺に代わり、フィンや後ろの馬車を駆る御者の獣人、黒い顔のマトンが「我々の救世主たちだ」と俺たちを紹介してくれた。それを証明するように、マトンと一緒に御者をやっていたメリーや、フィンの操る馬車の荷台に乗っていたエレンやグロリアが、「一緒にお城に行こう」と代表したように俺たちの前に現れた、コダヌキの獣人や彼の仲間に手を差し伸べている。その手を恐る恐る小さな手で握り返すコダヌキの獣人たちは、「あ、あ……」と泣き出してしまう。

「もう大丈夫。大丈夫だから」

 メリーたちが彼らを包み込むように抱きしめ、「行こう」とそれぞれの乗っていた馬車の荷台に彼らを案内した。その数は数十人いたため、別の馬車の荷台にも彼らの仲間が分かれて乗り込んでいく。狸以外にもぞろぞろと現れる町に取り残された子供の獣人たちの姿を前に、フィンやマトン、グイリンが明日の朝、町に残る元奴隷たちを救出しなければと話し合っている。

「作戦会議も良いが、とりあえず城へ向かおう」

 俺の言葉に彼らはうなずき、御者の仕事に戻っていく。夜になり城へ着くと、俺たちの帰りを待っていたとばかりに篝火が炊かれて輝く様にその姿をのぞかせる、城が見えてきた。

「ご無事でしたか!」

「レディ様‼」

 以前の様に、野犬と白うさぎの凸凹獣人コンビが俺たちの前に現れた。そんな彼らを見て俺は、「今度は戦うか?」と野犬の獣人に問いかけると、背の高い彼は「めっそうもございません!」と慌てて首を横に振っている。その様子に小柄な白うさぎの獣人、ピーターが「お待ちしておりました」と目に涙を浮かべて俺の胸に飛び乗ってきた。

「おお、抱かせてくれるか」

 以前怖がられていたせいか、妙にうれしい。彼は「いくらでもお抱きください!」と叫び、仲間を救出してくれたことの感謝をしきりに告げている。そんなピーターたちの背後に、オオグモがのそりと2匹現れた。その様子にフィンやマトン、グイリンが戦闘態勢をとった。だが俺は彼らは味方だと告げ、一触即発の雰囲気を何とか緩和する。

 ピーターたちは再びオオグモに騎兵隊の様にオオグモに騎乗し、船頭と殿を務めて俺たちを城内へ案内してくれた。

「レディ様‼ 良いご報告が‼」

 彼らの案内に従って城に向かうと、ふいに俺たちの乗るフィンの馬車を先導する、野犬の獣人が叫んでいる。

「あのあと最後の城内戦があって、レディ様の素材がたくさん出ました!」

「本当か!?」

 俺は喜び勇み、おもわず席を立ちあがり落馬しかけてしまう。それをレディが抱える様に抱きしめ、「何をやっているんですか」と叱ってきた。すまない、助かった。

「で、その素材はどこに?」

「その場に置いていると腐敗がひどいので、城の前、森側の桟橋前に、山にしておいときました!」

 でかした。俺はわくわくした気持ちで彼の報告を受け、桟橋までたどり着いた。ほう、素晴らしい。俺は野犬とピーターを褒め、素材をすべて収集した。ピーター曰く、敗走兵は追っていないらしい。まあ別に良い。馬車と馬のを作った分を回収できたような数の素材を前に、俺は「よくやった」と彼らを褒めていた。すると嬉しそうに背筋を伸ばすピーターと野犬に、思わず苦笑してしまう。だってそうだろう。

「ところで野犬の獣人? お前って名前何」

「ひどいっすよ! 野犬って、俺はハイエナの獣人で、スポットっていいやす!」

 耳の垂れた野犬の獣人は、ハイエナだったのか。だがハイエナって耳垂れてたっけ? こちらの常識はわからないから、突っ込めない。

「こいつはレアな獣人だったから、わからなくても仕方ないよ。レディ様」

 俺をフォローするようにピーターは口を開き、「そのくせ臆病だから、いつも耳が垂れてるの」と笑っていた。それに対しスポットは「う、うっせー! 生きたもの勝ちなの!」と震えた声で反論している。それに対してピーターも同意らしく、「そうだ。だからこそ、レディ様、ありがとうございました」と視線を俺の方に戻し、スポット同様に俺に感謝を述べている。あー、そういうの良いから城行こう。

「馬車の奴らも休ませたい」

 俺の言葉に彼らは慌てて桟橋を渡り、スポットが城内に「英雄様のご到着」と天にも届きそうな遠吠えを響かせた。その遠吠えに呼応するように、ざわざわと城の方から声が聞こえてきた。

「レディ様‼」

 二の丸へ続く道を駆け下りる様にして、見覚えのある金髪の彼女が下りてきた。続いて「レディ‼」と快活な声とともに、みしった無精ひげの優男が下りてきた。

「エレン‼ ダグラス‼」

 俺たちを迎えるようにやってきた王族たちを前に、フィンは驚いたように「ダグダ王の息子か、大きくなったな」と驚きつつ隣に立つ、娘とうり二つの姿を持つ女性の方を見て「まさか隈まであるとは」と驚き声を漏らしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る