第28話 メイド?どうしてそんなに怒っているの?

 俺のスキル『レディメイド』は見たものを生成する。それで再現して作ったのが、初めて街に侵入したときに利用した馬車だ。中身は空。馬と馬車と荷台の3点セットを生成する。1台につき2つの素材を消費してしまうが、この際仕方がない。財布が寒くなっていくのは嫌だが、無駄はもっと嫌だ。幸い御者の分はフィンやグイリンがやってくれるので、素材が浮いたと考えよう。

「レディ様のこの力、レディ様の種族は皆持っているのですか?」

 エレンの問いかけに、俺は「見たことないな」と答えた。現世でも俺以外に持っている人間を見たことないし。そう思っていると、フィンが俺の背中をバンバンと大きな平手で叩いてきた。

「げほっ、なんだよ!」

「さすが神の子! いや、創造神か。レディ殿‼ 是非我が娘を!」

 豪快に笑い、彼は俺の隣に立っている娘を俺に押し付ける様に笑っている。

「いや、もう持っているし」

 今城にいるけど。そう思っていると、フィンは気にする様子無く「そうだったな」と笑っている。その横でエレンもまんざらでもないようで、俺の方を見て「レディ様」と名を呼んでいる。だがこうなると必ず、「レディ」とくぎを刺してくれる彼がいる。

「フィン王、エレン姫、あなた方は国を守る義務があるはずです。それをお忘れですか?」

 メイドの言葉に、フィンがぐぬぬと悔しそうに悩んで「その通りだ。エレン」と娘の肩に手を置いた。メイドの言葉はエレンも無視できないようで、「それは……その通りですわ。ですが」と諦め悪そうに俺の手を握った。「レディ様といると、落ち着くのです」と俺とメイドの方を交互に見て、「ご一緒してはダメでしょうか」と仲間になりたい様子を見せている。

「仲間か……」

 別にエレンが欲しければ、スキルで作ったエレンがいるしなあ。そう思ってメイドを見ると、「その通りです。馬鹿な考えはおやめなさい」と俺に同意するような視線を送ってきた。いや、視線と言うより睨みだ。可愛らしい瞳をきつく細めてこちらに送られてくるその威圧感は、エレンを諦めるのに十分な動機だ。よし、断ろう。そう思っていると、彼女が先手を打つように「城についてからもう一度お聞きいたします。その時に、私についてお決めください」と俺から距離をとるように離れ、「父上、村の者にこの村を出ることを伝えに行きましょう」と善は急げと言うように村へと走り出した。

「そうだな。だが良いのか? おい、エレン」

 妙に諦めの良い娘の様子に訝しむフィンは慌てて後を追い、村へと姿を消していった。その様子にメイドも、「少し散歩しませんか?」と俺の手を握り城の周りを歩き始めた。それについていく形となり、しばし無言で芝生のように綺麗に刈り込まれた道を歩いていく。すると彼は静かに「レディ」と、俺の名前を呼んだ。

「レディ、変な気は起こさないでくださいよ? 第一あなたは、他人に興味を持たないでしょう」

「まあ、そこまで興味は無いが……。あいつ、結構きれいだよ?」

 あいつとはエレンの事だ。エルフ特有なのか、彼女の種族はすらりとした肢体を持つことが多そうで、俺の基準では彼女は美人の部類に入る。もちろんメイドも。俺は心配そうにこちらの顔を覗くメイドの頭に手を置き、「美しいものが嫌いな人間はいないだろ?」と問いかける。すると彼も、「そうですね。そういう人間は、いませんね」と納得してくれたようだ。だがやはりエレンが付いてくることを心配している様子で、俺はからかう目的も含めて「メイドは俺と二人で旅がしたいの?」と聞いてみた。すると彼は、穢れ一つない瞳で真っすぐ俺の方を見て「はい」と即答した。

「本来であれば、貴方の警護は終始私が担っていたはずです。無論、しゃべることが出来ていないころから、私は貴方を何不自由なく守ってきました。違いますか?」

 違わない。事実だ。家事も出来ない、掃除も苦手な俺に対し、彼はけなげに炊事洗濯、仕事の手伝いまでしてくれた。

「感謝してる。本当だよ?」

「そう思っているならうれしいですが……少々心配です」

 落ち込む様な表情の彼は、短くなった自分の髪を指でくるくると巻きながら、ぼやくように「取られたくありません」と呟いた。予想はしていた気がする。その言葉に対し、さして衝撃は無かった。「まあ、気持ちはわからなくもないが」と俺が答えると、彼は嬉しそうに顔を上げ、「ですよね!」と顔を明るくさせている。

「そりゃそうだ。なんだかんだ、もう10年か? 俺とお前が出会って」

「そんなに短くありません」

 そうだっけ? 物心ついた時から一緒にいた彼は、俺にとって家族みたいなものだ。姿かたちは最近まで変わらなかったが、それでも無言で雨の日も風の日も、冬の日も、火の降る日も。一緒にいた気がする。それに彼はいつも、俺を守ってくれた。この細腕で。

 彼の細くしなやかな腕に触れながら、俺は改めて「メイド」と彼を呼んだ。その言葉に彼は何か覚悟を決めたように息をのみ、「はい!」とエレンにも負けない元気な返事をした。

「これからも一緒にいてくれるか?」

「勿論です。私は貴方のメイド。この身裂けても、幾度も滅びようとも、たとえレディが世界の敵となろうとも、必ずおそばで貴方を守り、全ての敵を排除しましょう」

 物騒な言葉も聞こえた気がするが、彼は嬉しそうに俺を抱きしめてきた。短くなった彼の髪の毛が俺の鼻をくすぐり、その金の髪にふさわしい、シトラス系の香水のような香りが俺の鼻に入ってきた。良い香りだ。俺は彼を抱きしめ返し、彼の首筋からも香る、彼の匂いに包まれた気分になった。

「わかっていただけて、幸せです」

 表情は分からないが、きっと今の俺と同じような表情なのだろうと、俺は彼の顔を勝手に想像した。だってリラックス効果があるのだろうか、凪のような静寂に包まれたような夢心地だ。だからか俺は、率直に彼に対し思いのたけをぶつけた。

「ありがと、メイド。お前は俺の、親みたいなもんだもんな」

「……おや? 今なんと?」

「親だよ親。フィンやグロリアみたいな感じ。だってメイドって、いつも俺を……ん?」

 地震だろうか、大気が揺れている気がする。俺は夢心地を遮る震源を探そうと、周囲を見渡した。だが、その震源はすぐ近くにあった。だって、俺が抱きしめていた彼の体が熱いんだもん。えっと、メイド? もしかして、怒ってる?

「いえ、お気になさらずに。ですが、レディはお疲れのようですね。少しお休みになるとよい」 

 この世界にきて一番良い笑顔を見せるレディは、また俺の方へ顔を近づけ耳元で、「私は貴方の父母になる気はありません。なりたいのは」と囁いた。その言葉を最後に俺は、腹に鈍い痛みを感じつつ、意識を失ってしまった。

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