第27話 穏やかな朝食


「頭いてえ……」

 頭を押さえてベッドから起き上がると、憐れむ様な視線を送ってくるメイドと目が合った。

「おはようございます」

 淡々とした声音で朝の挨拶を済ませる彼は、木のコップに水差しから水を注ぎ、俺に手渡してきた。それを受け取り一気に飲み干してしまった。おかわり。常温で飲みやすい水差しの水をもう一杯もらい、人心地ついていると、部屋のドアをノックする音が耳に入ってきた。

「どうぞ」

 俺の言葉を受けて「失礼します」と礼儀正しそうな言葉とともに、以前メイドが着ていたような丈の長いメイド服を着た、栗毛のウサギのような獣人が入ってきた。女性だろうか、ピーターよりも俺に近いウサギ耳をつけた様な彼女は、少し高い声音で俺たちに「神様、お食事はいかがなされますか?」と問いかけてきた。

 昨日同様おおげさな異名を付けた彼女たち、いや、村人たちは夜が明けてもその呼び名を変える気はないらしい。頭が痛くなる。思わず頭を押さえると、メイドが「飲めないのに飲むから」とため息をついている。

「エレンたちは?」

 昨日、俺と肩を組んで一緒に酒を飲んでいたことは覚えているのだが……、その後がいまいち覚えていない。まだ寝ているのだろうか。ウサミミメイドに問いかけた。すると彼女は「姫様はすでに、王たちと食堂にいらっしゃいます」と教えてくれた。そうか、なら食堂行こうかな。

 俺は立ち上がり、マント以外は着の身着のままのパーカーとズボンというラフな格好で、「メイドは?」と彼に食事をとるか問いかけたつもりだった。

 だが同じくメイドのウサミミの彼女が「私は神様がご不在の間に、部屋の掃除をしようと思います」と答えてくれた。紛らわしいな、なんか。俺は彼女に、「メイドは君じゃなくて、相棒の事」と隣に立つ彼の肩をポンと叩いた。その様子に驚くウサミミメイドは、「も、申し訳ありません!」と耳をぴょんと跳ねさせて驚き深々と謝罪を始めた。「平に平に」と謝罪するウサミミメイドに、「君、名前は?」と俺は問いかけることにした。なにせ名前も知らないし、このままでは彼を呼びにくい。

「ラビでございます。神様」

 ラビと言うのか、この栗毛のメイドは。彼女を見ていると、自然と怯える様に地面に膝をつき、頭を下げる彼女のお尻の部分から生えている丸い尻尾に目が行ってしまう。あれどうやって出しているんだ? スカートの一部を穴をあけているのだろうか。俺は耳だけだしな。俺は彼女と比較するように、自分の頭部に生えるネコミミを触り、パンツの中に手を入れた。やはり俺に尻尾は生えていない。獣人特有と言うことか。俺が自分の下着の中に手を入れていたせいか、メイドが素朴な疑問を投げる様に、「朝から自分の下着の中に手を入れて、発情期ですか?」と問いかけてきた。

「ちげーよ! 俺に尻尾があるか確認しただけ!」

「そうですか。ではラビ、いつまでも地に這っていないで、食堂へ案内してください」

「は、はい!」

 慌てて立ち上がった彼女はスカートの裾についた汚れを軽く払いながら、「ではこちらです」と接客笑顔で俺たちを食堂へ案内してくれた。以前エレンと会議をした円卓の間ではない。部屋の中心には純白のテーブルクロスを敷いた、10人程度が食事できそうな長方形型のテーブルがあり、奥の席にはフィンやグロリア、そして少し寝不足だろうか、目に隈が出来ているエレンが食事を始めていた。

「先にいただいているよ」

 フィンがフランクな挨拶をするように、俺に片手をあげて挨拶をしてきた。俺も同じ動作であいさつを返し、空いている席に座った。するとラビと同じようなメイド服を着た、羊の獣人が俺とメイドの前に、小さな木の器に入った緑が鮮やかなサラダ、同じく木でできた平皿に豆のスープを入れて運んできた。

「ありがと」

 俺の礼に対し、彼女は無言で深々とお辞儀をして厨房だろうか、どこかへ消えていった。まあいいか、いただこう。木匙を使い、スープを飲んでみる。豆の味が強い、まろやかな甘みが強いスープだな。具はあまりないようだが、野菜の甘みも強く朝食としては嬉しい味だ。

「結構いけるな」

 隣に座り、背筋をまっすぐ伸ばしながらスープを口に運んでいるメイドは、「そうですね」と淡々と食事を続けている。そんな俺たちを見て、グロリアが嬉しそうに、「この豆のスープ美味しいでしょ? 私もこの味が好きなの」と俺たちに話しかけてきた。そうか、グロリアの好みなのか。その横に座るフィンは、ぼそりと「もう少し肉があると嬉しいのだが」とぼやいているのがネコミミに入ってきた。便利だな、これ。同じ部屋にいる限り、隠し事が出来ないってわけか。

 塩だけかけられたサラダも食べ終えると、こんがりとキツネ色に焼かれた丸いパンや、両面焼きの目玉焼きと半熟の目玉焼きをワンプレートに乗せた食事が運ばれてきた。おお、コショウもかかっている。すこしスパイスの効いた目玉焼きは、パンのおかずとしては最適だった。

「この森にはスパイスも自生しているので、こうして料理にも使えるの。美味しいでしょ?」

 目に隈があるエレンもこの目玉焼きはお気に入りになようで、自生したスパイスを手に入れられるのは、エルフや獣人の特技なの!や、目玉焼きの好みについて「どっちが好き?」と問いかけてきた。俺は少し悩みつつ、「両面焼きかな」と答えた。すると彼女は「奇遇ね! 私も‼」と元気よく語りだしている。だがその様子に、彼女の両親がくすくすと笑っている。グロリアに限っては、「この子ったら、本当は半熟の方が好きなのに」と口元を手で隠し笑い、それを聞いた娘からの「今日から好きになったの! 黙ってて!」とクレームを受けている。「我と一緒か、レディ殿」

 フィンが両面焼きの目玉焼きを食べながら、にっかりと笑った。

「ところで、エレン」

「ハイ!」

 食事を中断して食い入るように元気よく返事をするエレンの圧を受け、俺はせき込みながら彼女の目の隈について問いかけた。すると彼女は恥ずかしそうに頬を染め、「母様たちと、レディ様について語っておりました」と教えてくれた。案外しょうもない内容だった。俺は食事に戻り、食後の紅茶を飲みながら、フィンに「この村を出る準備をしてくれ。城へ向かう」と今日の予定を伝えることが出来た。

「それは構わんが、城までは距離があるが……」

 まっとうな疑問を抱く彼に、「馬車を扱える人材を出来るだけ集めてくれ」と依頼し、俺たちはフィンとエレンとともに城の外へ出た。

「これを使う。レディメイド。馬車」

 スキルを発動し、城の外に10台ほどの馬車と荷台を生み出した。

「これで城まで向かう」

「このようなことも可能なのか!? いや、生死を操るスキルも使えるレディ殿ならば、不思議は無いか」

「まあ、珍しいかもな」

 驚きつつも勝手に一人で納得するフィンや、「素敵です」と目をとろけさせるエレン、そして不機嫌なメイドが俺に視線を集中させている。なんだってんだ。

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