第26話 シロからの帰還。奇跡を呼ぶ旅人たち


「相変わらず、エレンは甘えん坊ねえ。ねえフィン、また娘を抱くことが出来て、幸せ……」

 俺と同程度の身長のエレンの母が、嬉しそうにメイドから受け取った娘を抱きしめ、隣に立つ旦那を見て微笑んだ。するとこちらの方を見て、エレンのような柔らかい微笑とともに頭を下げてきた。

「まさか、こんな時が来るとはな。なあ、グロリア」

「まあ、出来ちゃったしな」

 2メートルほどあろう大男、エレンの父であるフィンが長く伸びた金の髭を触りながら、血の通ったような瑞々しい自分の体を見て驚いている。そんな彼に相槌をうちながら、俺は彼らに丁度よいから質問を投げることにした。

「気になったんだが、お前らって生きているのか? 死んでいるのか?」

 俺の問いかけにエレンの母であるグロリアは黙り、代わりにフィンが答えてくれた。

「おそらく死人だろう。血のめぐる感覚や呼吸、心臓の鼓動、どれも生きている感じはすれど、二度目の生というのは実感できん。此度はどうやって?」

 俺はスキルを発動したと説明すると、「素材はまだあるか?」とフィンが尋ねてきた。「ああ、あるぜ」と答えると、彼は「俺の首を刎ねてくれ」とまるで残首台に架せられたように、俺に頭を差し出してきた。

「よければ、もう一度蘇生させてほしい」

「蘇生、なのかなあ」

 俺は頭をかきながら彼の問いかけに困惑してしまう。だがメイドが、良いのではないですか?と俺に声をかけてきた。

「やっても?」

「仕方ない。グロリアさん、エレンを少し」

 言っている途中で、メイドがまるでギロチンのような鋭い手刀をフィンの首に打ち下ろした。ぼとりと地面に落ちる彼の首を見て、彼の嫁であるグロリアも悲鳴を上げずにはいられなかったらしい。嗚咽とともに言葉を失ったかと思った矢先、まるで呪われたように劈くような悲鳴を墓一帯に響かせている。

「お、かあ……」

 その悲鳴に目を覚ましたエレンも、隣で首のない父を見て「お父様‼」と叫んでいる。やはり家族というものは似るのだろうか。エレンたちを見ながらも、俺はメイドの五月蠅いのを何とかしろと言った視線に気が付き、慌てて彼の死体を収集し、別の素材から彼を生成した。

 首を鳴らして復活した彼ことフィンは、「なんたる奇跡」と落ちたはずの首を鳴らしながら俺たちの方を見ていた。そんな彼に、俺とメイドは彼の後ろに立って瞳孔を開いた状態で放心している嫁と娘を何とかするよう指さした。

 その光景に察しの良いフィンは慌てて嫁と娘の下に走り寄り、その巨漢を惜しみなく使うように二人を抱擁している。

「これでわかったのが、記憶は引き継がれるようですね」

「そうみたいだな」

 俺はメイドの言葉に同意し、一応偽だが秘宝も手に入れたしこの場を去ることにした。するとそれにフィンが待ったをかけた。無視をしようとするメイドだが、何度も俺たちの名を呼ばれればさすがに足を止めなければと思ってしまう。

「なんだ」と問いかける俺に対し、フィンは神妙な面持ちで「私たちは、生きていて良いのだろうか」と言葉を漏らしていた。なんだ、その質問。俺は彼の下に戻り、「好きにしたらいいんじゃないか」とこたえてやった。すると更にフィンは、「一度死んで生き返る。生き恥とは言わないが、少なくとも混乱を招くのでは」と村の住民達の事を心配しているようだ。

「そもそもなんで死んだの?」と俺が問いかけると、彼は「村を守るために、殿を務めた」ととても王の行動としてはNGともいえる行動をとったことを吐露した。

「人間たちに責められた時点で、我々の敗北は決定していた。だから、そうなれば王などただの傀儡。そう思い我と妻は殿となり、村を守る礎となることを選んだ。悔いはあったが、それでもそれが最善だと思った。本当だ」

 そうか、としか言いようがない。なんて言ってほしいかわからないと俺はメイドの顔を見ると、彼は肩をすくめて「お好きなように」とジェスチャーをした。そうか、そうだよな。

「なら償いのために生きたら? その体だって万能じゃない。さっき死んだのでわかっただろ?」

「無論‼ だが、そう都合よく生き返って」

「見ろ」

 言い訳がましく自責の念に苛まれる彼に、俺はある国王を見せた。すると彼は、憎しみを帯びた様な視線でその国王の姿を睨んだ。そう、ラプター王だ。

「な、なぜこの聖域に」

 俺はそれを慌ててしまい、「そういうことだ」と答えた。

「結局、俺にとってたまたまエレンたちが味方だっただけだ。だから城も奪還したし、今の城にはアンタらみたいに俺が複製したエレンもいる」

 俺の言葉に驚くフィンは、「誠か!?」とエレンの方を振り返った。エレンも頷き、意識や記憶を共有していることを教えてくれる。ただ、スキル発動で得た疲労感は感じれど、痛みや傷とかはフィードバックしないらしい。そうだったのか。でも、こちらの複製方法で痛みの共有とかも出来るのか?

 エレンのお陰で生存者を複製するメリットや状況を知ることが出来て、ちょっと嬉しくなる。するとエレンを抱きしめたままのグロリアが、「戻りましょう、貴方」と悩むフィンに叫んだ。

「戻りましょう。たとえ生き恥を晒しても、やれなかったことをやるべきです」

「そうです。父上‼ 一緒に、帰りましょう」

 エレンも母の言葉に続き、父を説得する。彼女たちの言葉を聞いた彼は、「役目が、残っているか」と悲しそうとも嬉しそうともとれる口ぶりの感想が漏れていた。フィンは俺の臣下になるように跪き、「不肖の身なれど、今一度現世で娘の力になりたく思い、生き恥を晒す許可を頂きたい!」と口上を述べてきた。ていうかこの世界にきて、随分膝をついて祈られることが増えたな。

「好きにすれば。今度はみんなを守ってね」と俺が言うと、彼は顔を輝かせて力強く「ありがたき幸せ!」と叫んだ。

 部屋を出て、墓へ向かう扉を消すエレンは、改めて父母の体をぺたぺたと触っている。その姿にフィンもグロリアも笑い、「生きているよ」と最愛の娘を抱きしめている。思わず泣き出すエレンの声に驚く様に、次々に「姫様‼」と部屋に入っていく城で働く従者たちは、皆一様に腰を抜かしてしりもちをついている。

 まるで亡霊を見る様に、口々に「お、う、さま?」や「おう、ひ、さま?」など酸欠の魚の様に口をパクパク動かして彼らを指さした。それはエレンの側近でも同様で、「何事だ!」と弓を構えて部屋に入ってきたグイリンも慌てて弓を弾く力を緩め、土下座するように膝をついた。

「フィン王‼ グロリア王妃‼」

「すまない、戻ってきてしまった」

 頭を下げるフィンに対し、グイリンは先ほど手から落とした矢を拾い上げ、自分の手の甲に突き刺した。手から流れる赤い血を見て、これが現実だと理解したようだ。

「申し訳ありません。娘を守ってくれてありがとう。グイリン」

 グロリアが手から血を流すグイリンの手を包み込むように握り、エレンの様に「ヒール」と唱えた。詠唱をせずに唱えたスキルにより、グイリンの傷あとが見る見るうちに閉じてしまう。その光景を前に、従者たちや治療を受けたグイリンだけでなく、娘のエレンも「本物だ」と呟いた。

「ええ。夫も私も、恥ずかしながら戻ってきてしまいました」と旦那のフィンに続いて深々と頭を下げた。

 それからはもう、明日の相談どころではなかった。突然の王や王妃の帰還に、村がお祭り騒ぎになったのだ。

 翌日、二日酔いの俺に対し、村人たちが俺の名前を呼びことは無かった。なぜって? みんな俺の事を、「神様」としか呼ばないからさ。

 俺の名を呼んでくれるのは、相棒で整った容貌でけろりとした顔のメイドや、かろうじでエレンだけだ。まあエレンに限って言えば、「レディ様」と様付をやめる気はないらしい。

 そのたびに抱き着いてくるので、あの清楚さはどこへ消えたんだろうと疑問ばかりだ。いや、清楚は清楚なんだ。だが、行動が幼くなったような気がする。そこの親たち、少しは娘の貞操、気にしなさいよ!

 笑顔で娘を眺めるエルフの王様たちを見て、メイドがため息をつきつつエレンを引きはがす。そんなことを繰り返しながら、俺たちは城へ行くために準備を始めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る