第25話 神の精をお注ぎくだされ
本当に綺麗だな。俺はエルフの秘宝、クーリンディアを天に掲げて眺めてみる。月明かりの様な白い明かりに照らされた濃色のエメラルドグリーンに輝く彫像。角度を変えてみれば万華鏡の様に色をガーネットやトパーズの様な色へ変化させていく。それはまるで木々の移ろいを表しているようだ。
「ありがたく貰うよ」
俺はそれをメイドにも見せるために手渡すと、メイドも興味深げに俺と同じように秘宝を眺めたり、鑑定人の様に手触りを確かめている。彼も宝石が好きなのか? 熱心にチェックしたり百面相の様に表情豊かな彼を横目に、エレンが名残惜しい様子で俺の方を見ていることに気が付いた。なんだろう。もしかして、惜しいのか? 俺の想像を否定するように彼女は首を横に振り、ゆっくりと深呼吸をしている。どうしたんだろう。そう思った矢先、エレンが空いた俺の両手を握りしめてきた。
「何をなさるのですか! 無礼者‼」
一応墓前の前なのに、メイドが激怒するようにエレンに対し無礼だと叫んだ。だがエレンも負けじと、「ここでしかお願いできないのです」と目に涙を浮かべて口を開いた。
「無礼を承知でお願い申し上げます。我が伴侶となり、神の御子を、神の精をお注ぎください。私の差し出した手を握り、受け入れていただいたレディ様の、御子が欲しいのです」
「……はい?」
聞き返す俺に、彼女は大事なことだからとでもいうように三度、俺に依頼してくる。とんでもない、依頼を。
「神の精をお注ぎください。我らが守護神の代わりに、我らを救うべくこの地に下りたレディ様の精を、この体にお注ぎください。父や母もレディ様を認めております。我らが神として、私も神を宿す母体となるべく、レディ様の精をこの身にお注ぎください」
俺の手を握っていた彼女の手が、いつの間にか俺の背へと回っている。
まるでもう恋人にでもなったような彼女の言動や、俺の顔を見上げる彼女の表情はノーメイクの様なのに、チークを塗ったように頬が赤くなっている。俺と目が合ったからか、彼女は何かを待つように瞳を閉じて唇を少しだけ突き出してきた。しばらく彼女に見とれていると、彼女はじらさないでと言うように、「レディ様」と熟した林檎の様に真っ赤な唇を小さく動かした。
思わず生唾を飲んでしまった俺は、彼女の肩を握ってしまっている。そんな俺を正気に戻してくれたのは、やはり彼の声だった。
「お返しいたします」
俺と彼女の顔を遮るように、エルフの秘宝を差し出すメイドだ。だがエレンはおしとやかな口調で「差し上げたものを返されたとして、受け取るのは本意ではありません」と手で彼の方へ押し戻し、「レディ様。どうか、この一夜だけでも」と俺の頬に手をそっと触れてきた。俺の名を呼ぶたびに俺の顔をくすぐるような、彼女の甘い香りはどんな香水よりも芳しく感じてしまう。思わず彼女の香りを感じたくて、徐々に彼女の顔が近寄ってくることに抵抗できない。
「レディ‼」
メイドの怒号に思わず俺はエレンから距離を取り、新兵のようにきょうつけの体勢で彼に対し返事をしてしまった。
「何をなさっているんですか? ん?」
笑顔で俺を見るメイドの顔は、まるでお面の様な作られた笑顔だ。問いかける間も一切笑顔を崩さず、それでいてスラム街でよく見る、不良たちがにらみ合う様な視線を俺に注いでくる。「言い訳でも?」と問いかける声一つにも、絵になる笑顔とは真逆のまるで薔薇のような刺々しさがある。
「あ、いえ」
「ではこちらをお返ししましょうか。なにせレディは、自分で作れるのですから」
「ま、まあそうだけど」
「でしょう。ではこれをお返ししても問題はありませんね」
メイドは名案だとばかりに、俺にクーリンディアを生成させた。そしてそれを鑑定士の様に見比べ、「ありがとうございました。とても良い品ですね。大事になさってください」と本物のクーリンディアをエレンに返納した。不服そうなエレンが、「むぐぐ」と頬を膨らませてメイドを睨んでいる。
「レディ、こんな場所でお父さんになっては、もう旅を諦めるのですか?」
「こ、こんな場所ですか!?」
メイドが俺に問いかける言葉に対し、エレンが激怒する。どうやら土地を馬鹿にされたととらえたらしい。俺は彼をかばうわけではないが、「悪い、俺たち一応旅人だから」と彼女をなだめていると、彼女がつんざく様に「あー!」と俺の背後を指さし叫んだ。慌てて後ろを振り向くと、従順なメイドのような表情で佇んでいる彼がいるだけだ。
「れ、レディ様‼ あ、あいつ!」
「先ほどまでレディともども私の事も神と仰っていたのに、ずいぶんな格下げですね」
にやりと笑うメイドの表情は、今日一番、性格悪そうな笑みだった。明らかな悪意を孕んだ笑みに、エレンは悔しそうに「ずるいです!」と俺の胸で叫んでいる。まるで駄々っ子だ。村人たちがいないこの状況だから、むしろこれが素なのだろうか。だがここで血を見たくはない。このままいけば、流血沙汰になりかねない。仕方ない……。俺は彼女をなだめるために、アイテム欄から素材を二つ取り出した。何を勘違いしたのか、エレンが「レディ様を作っていただけるのですか!?」と嬉しそうな表情を見せている。それに対し無言のメイドは、俺の意図を汲んだようだ。
「あー、まあ、落ち着け。レディメイド」
俺のスキルで生成するのは、俺じゃない。エルフだ。先ほど見たエルフを、再現する。半透明だったが、いけるか? 彼らが魂だというのなら、それを素に作り出せるはずだ。俺の狙いは成功し、エレンと同じような白磁のような肌の男女のエルフがその場に立っている。
「お、お父様……、お母、さま?」
エレンは先ほどであった半透明な彼らではなく、自分同様の肉体を持つ両親を前に、彫像の様に固まってしまった。
「やれやれ……」
固まったエレンを俺から引きはがすメイドは、その彼女を受肉したばかりの彼らに押し付ける様に差し出した。苦笑するエレンの父と、娘の行動に頭を下げる母。正直エレンの思い出や今後の人生を狂わせてしまう気もするが、まあいいか。この村を出たらもう出会うこともないだろう。
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