第16話 籠城戦開始? 水を差す国王軍
「ご、ご主人様、私の、これも、外せるのですか?」
おずおずと先ほど俺が食い入るように見ていた褐色のエルフが膝をつき、懇願するように両指を組んで俺を見上げていた。もうご主人じゃないし、大丈夫だろ。多分。確証はないが、レディメイドができた時点でこのピアスは死んでいる。つまりもうピアスは効力が無い。彼女は頭を垂れ、俺にエルフ特有の横に長く伸びた耳を見せた。
俺は彼女の耳に指を触れ、そのままピアスを外してやった。途中喘ぐように声を漏らすのには困ったが、エルフにとって耳はあまり触れられたくない場所らしい。ほのかに赤らめた頬で、涙を流して彼女はピアスを外した俺の手を包むように握り、何度何度も感謝を口にしていた。
「お前らももうそのピアス取れるはずだぜ」
俺は残る元奴隷たちにそう告げると、彼らは互いにペアになるように、お互いのリングにそっと手を振れて慎重にピアスを外していった。かちゃかちゃと音を立てて外されていくピアスたちが、どんどん床に捨てられていく。互いの耳にあいた小さな穴を見て喜び抱擁しあう元奴隷たちが、他の仲間にも伝えなければと地下や二階の階段めがけて駆けて行った。ダグラスもドワーフ族がいるかもしれないと、彼らの後に続いた。
食堂に残るのは俺とメイド、ララとピーター、そしてえっと、俺は褐色のエルフに名前を尋ねてみた。
「ダークエルフのエレンと申し上げます。エレンとお呼びください。英雄殿」
ぴたりと寄り添うように俺の傍から離れないエレンは、豊満な肢体を俺に押し付けるように抱き着いてきた。だがそれをメイドが無理やり「英雄の仕事を邪魔しないように」と怪力で引きはがした。
エレンはその邪魔をされる行為や、自分の意志で動けることをかみしめる様に喜び、メイドに抱き着いて涙を流している。
「あなたたちのお陰です。本当に、ありがとう」
そう思っているなら離れてくださいと冷たく引きはがすメイドだが、その表情はどこか柔らかかった。
カレンも邪魔をするつもりは無いと告げ、茶を用意すると厨房へと姿を消した。それに続く様に、ララも同じエルフ族に出会えたからか、お手伝いしますとエレンに声をかけて厨房に消えていく。
俺も家捜ししようかな。無駄骨は嫌いだから、屋敷の持ち主にめぼしいものがどこにあるか聞いてみよう。石造の様に無口な奴隷商人の方へ向かい、俺は城についてとこの屋敷について洗いざらい吐いてもらうことにした。
ゼンマイ仕掛けのおもちゃの様に、ゆっくりと口を開いた彼は、まるでコメディアンの様にべらべらと屋敷についてや、城についてを語りだす。
「城は今、戦争に向けて兵を集めております。それも強さ問わず。とにかく数が必要なようです」
「それで奴隷を集めさせているのか?」
俺は落ちているピアスを一つ拾い、彼に見せた。うなずく彼は、「国王の不思議な力で出来たこのピアスを使えば、大抵の生物は言うことを聞きますゆえ」と恭しく言葉を紡ぐ。にしてもこのスキル、強いかもしれないけど、微妙だよな。
「で、国王はどこに戦争を仕掛けるんだ?」
「それが、商人程度にはこれ以上情報が入ってこないでして」
うそは言えないはずなので、俺は彼の言葉を信じることにした。背後に立つメイドが不遜な態度で俺に進言する。
「用心のために彼にもそれを付けさせては?」
俺の手に握られたピアスを指さし、彼は奴隷商人にも装着させるべきだと言っている。確かにその方が安全か。面倒だがスキルを発動しようとしたとき、リングに変化が起きた。まるで波にさらわれる砂城の様に、粉になって姿を消していくのである。
「気が付かれましたね」
「ああ、そうだな」
床に散らばっていたピアスが全て無くなっていることから、俺たちは玄関や建物内に兵士を配置すべく生成した。
「J1を3機、ウルフマンを6匹、アロガンスベア1体、スカーフェイス1体。とりあえずこいつらで行くか」
「あれも使いましょう。ほら、森にいたオオグモ」
ああ、確かにかく乱差策としてもありか。
俺はメイドの指示に従い、彼が街に向かう道中で薙ぎ倒した黄色と黒のボーダー模様の体を持つ、オオグモを3匹生成する。無言のオオクモはスカーの太い腕ほどの太さを持つ8本の足で、かさかさと音を立てて器用に屋敷の壁を上っていく。すると食堂の方から、ララとエレンが慌てて駆けてきた。オオクモに驚いたのかな。俺の予想は外れ、彼女たちが息を切らすように「森が、燃えている!」と声を荒げる様に叫んだ。
「なんだと……」
俺とメイドは顔を見合わせ、外に出た。遠くだが灰色の煙が昇っていた。それにこの匂いやパチパチとはぜる音、確かに山火事? 森火事かもしれない。俺は彼らに屋敷に残っていろと指示を出し、一匹のオオグモの背に乗った。残る二匹のオオグモを屋敷の防衛として残し、屋敷の入り口と裏口をJ1とアロガンスベアで守らせる。
「俺も行くぜ」
「俺も!」
お前ら。オオグモに乗り込んだダグラスとピーターは、俺たちと同じくボロイマントをまとい、目立たない恰好で俺たちを見た。その瞳は覚悟を決めたように、俺たちを強く見つめている。
「ピーターはこの森に詳しいし、このまま城に乗り込むなら俺の知識がいるはずだ」
ダグラスの進言を採用し、オオグモを発信させようとした矢先、オオグモの足をもぞもぞとララが木登りをするように登ってきた。
「わ、私もいく!」
何が出来るか言わないあたり、足手まといになるのをわかっているのだろう。だがダグラスや俺たちと同じく、目立たないようにマントを着ていることから、少しは考えて動いているのだろう。もしくは子供だろうし傍から離れたくないのかもしれない。俺は振り落とされるなよとだけ言い、クモを発進させた。
ピーターがクモの頭部にのり、火元へと俺たちを案内する。そしてダグラスはララが落ちないように、ララの背もたれになるようにオオグモにまたがっている。
「ゆっくり宝さがしすらさせない気か、許さない」俺は心の中で王に対する敵意を燃やし、オオグモを走らせる。焦げた匂いや木々がはぜる音が近づいてきたことで、俺たちは松明を持った鎧兵士を発見した。
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