第15話 ピーターの涙。奴隷解放宣言
封を切ったように叫んだのは、捕虜にされていたピーターだった。恨みがましいように、腹の底から響かせるような怨嗟をおびた叫びだ。
「貴様、貴様、そうやって、そうやって俺たちを!」
うるさいなあと思うよりも先に、ピーターがまた喉を詰まらせたように言葉を詰まらせる。その横で怯えるようにこちらを見ているララの表情は、化け物を見たように目を見開き、開いた口がかたかたと震えていた。やはり譲渡の同意も得ていない状況だと、周囲の奴隷たちも開放されないようだ。俺はメイドとともに元奴隷商人の案内で屋敷の中に招かれ、入っていく。彼の案内する姿は屋敷の主と言うより、従者に近い。背中を丸めて恭しい様子で俺たちを無言で案内し、ダグラスたちが入ってきてもよいと示すように、玄関の扉を半開きにしている。
「よほど儲かっているみたいだな」
俺は彼の屋敷の至る所に飾られている人間や天使のような形の彫像や、木製の床に敷かれたクマの毛皮だろうか、厚い毛皮でできたじゅうたんの上を歩きながら、食堂へと案内された。中に入ると、やはり亜人しかいなかった。突然の来客や、人が変わったように恭しく俺たちを紹介する元主人の姿に、動揺が隠せないでいた。
「人間はいないのか?」
俺の問いかけに、彼が「人間よりも亜人。彼らは何でも言うことを聞くし、奴隷ゆえによく働きますゆえ」とあまり見たくないいやらしそうなにやけ顔でうなずき、食堂で働く奴隷たちを見た。彼の視線の先にいる、ピーターのような子供くらいの背丈の小柄な獣人や、俺たちやダグラスのような青年や少女のような獣人、エルフが多数いた。中には彼の趣味なのか、長い白髪を持ち、褐色の肌に扇情的な袖の無い薄い白絹のワンピースを着せられた、豊満な肢体を持つ妙齢の女性エルフがいる。その姿を見られ、恥ずかしそうに顔を赤らめ顔をそむけるも、怯えつつも逆らえないことを知った奴隷たちは悔しそうに歯痒そうな表情を見せるだけだ。
俺は彼らを指さし、奴隷商人に「こいつらもそうだけど、お前が扱う奴隷を全部くれよ」と問いかけた。二つ返事で頷く彼は、「ええ、ええ、もちろんですとも」と了承する。動揺する奴隷たちの同意はいらない。これで彼らは俺の奴隷になったのか。俺は確かめるために、褐色の女性エルフを指さし、こちらに来るよう指示を出した。
戸惑う様子の彼女は、薄絹越しに揺れる豊満な乳房を両腕で隠しながら、こちらに歩いてきた。その表情は地獄がまだ続くと思っているようで言葉を選ぶように、口紅が塗られた照りのあるぷっくらとした口を開いた。
「ね、猫の獣人様、な、なにようで」
「んー、きょうつけ?」
俺の指示を受けた彼女は、小さな悲鳴を上げるとともに、その乳房を隠す両腕をだらりと力なく体側に垂れさがらせた。見ず知らずの人間に見られるせいか恥じらう様子を見せている。
「綺麗な目だなあ」
褐色の肌とコントラストをなす、白髪。それは老婆と言うより、染髪した髪のようだ。褐色の肌から覗かせる、大きな琥珀のような瞳も宝石のように、美しい。奴隷にしたい気持ちが多少わかってしまう。俺は彼女の両腕を握りながら、彼女の顔をよくみたくて、ずいっと彼女の顔に顔を近づかせていた。恥じらい目を閉じようとする彼女に、「俺の方を見ろ」と命令を言ってしまった。すると俺の襟首を、メイドが引っ張りやがった。
「うぐっ!」
ひかれた蛙のような声を出してしまう俺は、背後から引っ張られたことで食堂でしりもちをつきそうになった。それをメイドは細腕で受け止めて、「今そんなのはどうでもよいでしょう、レディ」と当初の目的を思い出させた。耳打ちするように、「そんなのより、お宝、でしょ?」と囁いた。
「そうだったな」俺は無言の奴隷商人を適当な獣人たちに部屋の隅へ運ばせたのちに、何事かと食堂に集まってきた元奴隷達も含めて「君たちは自由だ」と高らかに宣言した。
「自由?」
長らくはく奪されていたであろう権利を前に、まだ理解が追い付いていないようなエルフや獣人たちに、「俺たちは君達を解放する」ともう一度宣言し、スカーフェイスを食堂に呼びつけた。無言でピーターが収納されたゲージを手に持ち、それを俺の足元にそっと置いた。まだ暴れた様子のピーターに「落ち着け」と言っても、彼は聞く耳を持たない。そんなに立派な耳があるのに、仕方がない。俺はスカーにピーターをゲージから取り出し、逃がさないようにしっかり握るように指示をだす。
愛らしいウサギの顔だけを出した簀巻きのようにスカーの分厚く大きい手に握られたピーターは、ぎょっとしたように自分の長い耳に伸びる俺の腕を見てぎょっとしている。
「ば、馬鹿! それ、それ毒だから!」
ピーターの懇願を無視し、俺は彼のピアスに触れ、スキルを発動する。「レディメイド」その言葉に、ピーターが「嘘つき、嘘つき‼」と俺を非難した。失敬な。お前を木偶人形に変えてやろうか?そう思いつつ、彼の耳にあったリング状のピアスが、金色のピアスに変わっていた。やはりそうだ。これはもう、効力は無い。
「痛いだろうが、我慢しろよ」
俺は震えるピーターの耳に装着されていた元奴隷のピアスを外し、それを床に放り投げた。それに合わせてスカーは握る力を緩め、ピーターを解放した。床に座るような恰好で降ろされたピーターは、恐る恐る自分の耳を手で触れては、そこに小さくあいた穴を感慨深げに撫でている。
「な、大丈夫だろ?」
「お前、何者だよ」
半べそのピーターに俺は「旅人」と答えた。だがピーターは俺の答えに首を振り、「お前は旅人じゃない」と否定されてしまった。
「お前、いや、レディたちは俺たちの、ヒーローだ」
ピーターは立ち上がり、解放されたことをかみしめるように両腕を高らかに掲げて歓喜の雄たけびを上げた。その姿に呼応するように、周囲からもつんざくような歓声が響き渡っていく。見ればいつの間にか野犬の獣人はもちろん、外にいた獣人やエルフたちも食堂に来ていた。その横にいるララは目に涙を浮かべ、ダグラスも腕を組みながら優し気な瞳で彼らを見ていた。
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