第14話 成敗! 赤い雨の降る屋敷


「奴隷を解放できる人間なんていない!」

「してくれたの! ね、レディさん」

 同意を求めるララに、まあ。と俺は頷いた。それに対しなお信じられないと喚くウサギは、そんな現実を受け入れたくないように暴れていた。だが縄やウルフマンたちが押さえつけるせいで逃げることは不可能だ。むしろ無機質なウルフマンたちの視線や、彼らの口から垂れる大粒のよだれがウサギの顔にかかってしまう。結果的にウサギは自分がウルフマンたちに餌と認識していると勘違いし、絶望した様子を見せている。

 うーん、どうしよう。暴れられても迷惑だし、「殺すか?」俺は不意に言葉を漏らしていたらしい。いや、だって、兵士としてなら一度殺して再度スキルで複製すればいいし。ただウサギの兵士っているかな。赤い目や長い耳、モフモフした毛並みは可愛らしいけど。俺は抵抗できないことを良いことに、ウサギの獣人の頬や耳、鼻先の感触を堪能しながら問いかけることにした。

「一度死んで、再度生き返れば奴隷から解放されるけどどうする?」

「ひっ、な、そんなこと」

 ウサギの体がさらに硬直してしまう。毛も少し逆立っているかもしれない。

「もちろん同じ人格だ。まあだが、今度は俺の奴隷になるかもしれないが」

 おそらく無理やり服従させられてきたであろう。その状況から俺に従う人生を歩むか、彼に選択させようとした。するとウサギの獣人は俺の方をじっと見て虚勢を張った。

「そうやってそのエルフの女も奴隷にしたままなんだろ!」

「いや、ララは生きてる」

 即答した俺に驚いたウサギは、「なんで僕だけ見捨てるんだ!」とわめいていた。なんだ、生きたいのか。

「当たり前だろ! 僕らだって好きで従っているんじゃない! 幼いころあの、うぐっ!」

 苦しむウサギは、喉に異物が詰まったように言葉を詰まらせた。その姿を前に、ララは実体験を語るように「ご主人様の悪口は、言えないから」と俺に教えてくれた。だが語りながらも体を震わせており、同情するようにダグラスがララの肩にそっと手を置いた。その憐憫さがウサギのプライドを刺激したのか、泣き出している。

 赤い目がさらに赤くなっていくような気がするが、彼は「僕だって生きるのに必死なんだ!」と叫んでいる。こころなしか、森の木々も揺れているような気がする。

「仕方ない」

 ため息をついて漏らした俺の言葉に、ウサギは覚悟を決めたように目をぎゅっとつぶっていた。その姿を前に、俺は素材を複数アイテム欄から取り出し、スキルを使用した。

「レディメイド」

 作り出したのは、立方体の鉄のゲージと水と人参の山だ。ウルフマンたちにウサギをゲージの中に無理やり収納させ、少し窮屈そうな彼の姿を確認した。

「な、何をする!」

 まだ反抗する瞳を見せるウサギだが、その視線がちらちらと赤くそびえたつ人参の山に目が行っていた。

「食べたいか?」

 俺の問いかけに、ウサギははっとしたように俺から顔をそらし「毒かもしれないもの、誰が」と否定した。だがその口元から輝く様によだれが一線たれているのを俺は指摘した。その少しおまぬけな姿に、俺はもちろんメイドもくすっと笑っている。その中でダグラスも、「素直になった方が良いぞ」と折に近づき、ニンジンを一本手に取った。

「あっ!」

 ニンジンを取られて思わず声を上げたウサギを前に、ダグラスはにかっと白い歯を見せて笑い、細い先端をかじった。そしてそのかじりかけの先端を、ウサギの口元へ差し出した。それに続く様に、ララもニンジンを一本手に取り、ダグラスをまねるようにニンジンをかじった。「毒じゃないよ」とニンジンを飲み込み、ウサギに差し出した。

 その姿を前に、ウサギは悔しそうに顔を隠すように突っ伏してしまった。悔しさと悲しさ、嬉しさが混じっているのか、その気持ちを汲んだようにララがそっと、ウサギの顔の横にニンジンを置いて俺の傍に歩み寄ってきた

「なんでだよ、なんでだよ……」

 ウサギは感情が爆発したように、涙を流してララの食べかけのニンジンや、ダグラスの差し出したニンジンにすごい勢いでかぶりついて涙を流している。隣を見ると、ララももらい泣きしたのか目に涙を浮かべて俺のマントの裾を握り、こちらを見ている。あー、もう。わかってるよ。

「捕虜にする。ウサギの獣人、名前は?」

「捕まる前の名前は、ピーター……ウサギの獣人、ピーター」

「そうか、ピーター。お前の処遇は奴隷商人を始末してからだ」

 俺の言葉にピーターは咥えていたニンジンをぽとりと落として、俺の方を見た。窮屈だろうがゲージに入れられたピーターの瞳に、少し希望の光が灯っているようだ。

「……」

 期待していないのか、彼は再びニンジンを食べるように顔を俯かせた。だがニンジンをかじりながらも小さくつぶやいたその言葉を、俺のネコミミは聞き洩らさなかった。

「ありがとう」

 力なき感謝の声を前に、どうも調子が狂いそうだ。頭をかきながら俺は傍に立つメイドの方を見ていると、「いいんじゃないですか?」と微笑み返している。先ほどこん棒を蹴り砕いたとは思えない、柔らかく包み込むような笑みだ。そうだな、別にいいよな。

「抵抗酷い仲間の命は保証しないからな!」

 俺は保険を掛けるために感謝を述べてくるピーターやララ、そしてダグラスに宣言してアイテム欄からスカーフェイスを取り出した。もちろんピーターのケージを運ぶ荷役のためだ。

 徐々に大所帯になってくる俺たちは、しばらく歩いて一軒の立派な屋敷にたどり着いた。

「おやおや、ようこそ、我が屋敷に」

 芝居がかった口調の成金じみた太った男が、俺たちを玄関の前で迎え入れるように腕を開いていた。奴隷商人だ。いやらしい笑みとともに、太い指にはめられた宝石の数々が怪しく光っている。その横には先ほどの野犬の獣人や、見たことのない動物の獣人、エルフなどが武器を握って苦しそうな表情で立っていた。

「使えないウルフマンやスカーフェイスは裏切ったようですが、そんな尖兵よりも我がコレクション、とくとご賞味あ……れ?」

 攻撃命令を放とうと俺たちを指さした奴隷商人の首が、木々に実る熟れた果物がぽとりと落ちるように、首から地面へと滑り落ちていった。

「語りは無用。そうでしょ、レディ?」

 閃光のような速さでメイドが彼に近づき、彼の首を手刀で切り落としたのだ。

「最後まで汚い人間だったようですね。さんざん人を苦しめ、汚い雨を降らせて迷惑をかける。なのに自分は即死。良い人生だ」

「ああ、そうだな」

 首とお別れした奴隷商人の胴体が、噴水の様に血を噴き出し、大地に赤い雨を降らせている。メイドはその血を浴びたくないのか、即座にその場から身を引き、俺の横にたってこちらを向きながら微笑している。そしてなぜか、恋人の様に俺の腕に自分の腕を絡めている。

 肩をすくめる俺たちの視線の先にいた獣人やエルフたちがあきらめたように、手から武器を力なく地面に落としていく。

「ピーター!」

 俺は捕虜の獣人であるピーターに声をかけた。するとピーターは驚いたように一度言葉を詰まらせるも、ゆっくりと「奴隷商人が、死んだ。あの、悪魔が死んだんだ」と亡骸となった奴隷商人の方を見てつぶやいた。その目からは、また涙が一筋頬に落ちていく。それに続く様に、俺たちに立ち向かおうとした獣人たちが同じように恐る恐る、侮蔑するような言葉を亡骸になった商人に対し投げかける。その後体に異常が起きないことを知った彼らは、森の木々が揺れて休んでいた鳥たちが空へ羽ばたくほどの感期の声を森に響かせている。

 だが悪いな、俺は奴隷商人に用があるんだ。礼を言いに来る彼らをかき分け、素材となった彼の方へ向かった。そして俺は手をかざし、スキルを唱える。

「レディメイド」

 俺のスキルにより復活した奴隷商人を前に、獣人たちはまた恐怖で体を竦ませていた。むろん、ゲージに入れられたピーターも。

 そんなに怖がらなくてもいいのに。まあ、仕方がないことだ。なにせ、奴隷商人が復活したせいでまた奴隷の呪いが発動したのだから。

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