第13話 ドライブ開始! ウサギと野犬の獣人が現れた

「ララも乗りな」

 ふるふると可愛らしく首を横に振るララは、ワゴン車を乗り物だと認識できないらしい。まだ車が怖いのかな。だがそれも仕方がないかもしれない。運転席に乗り込んだメイドが、周囲の様子に一切気にかける様子もなく運転席に乗り込み、車の動作チェックをしているからだ。ウィンカーを点灯させたり、ライトをハイビームにしたりワイパーを動かしたり、暴れ馬のように嘶くエンジン音。そのせいでララは金縛りにあったように、体を震わせてその場から動けずにいた。だが俺のマントを握る手の力は強くなっている。しかたない。ここにいても仕方ないし、野次馬が多くなっても困る。

 メイドが吹かすようにアクセルを強く踏んだのか、威嚇するようなエンジン音を響かせて周囲の野次馬を散らしていた。それは威嚇と同時に、俺たちに早くの乗れと催促しているようだった。仕方ない、ララは膝の上に座らせるしかないか。メイドがまた睨んできそうだ。子供に甘いとかで。足払いをかけるわけじゃないが、俺はララの背に手を置き、もう片方の腕で膝裏を払うようにすくい上げる。俗にいうお姫様抱っこで助手席に乗り込み、ぬいぐるみを抱くように俺の膝の上に彼女を置いた。

「わっ!」

「大丈夫、これは安全な馬車だから。たぶん」

 運転席からの無言の圧を受けつつも、俺は後部席に座って窓から外を覗いているダグラスに声を城の方向を再確認した。彼は少し反応が遅れながらも、俺たちに真っすぐ道なりだと教えてくれた。

「舌を嚙まないでくださいね」

 はいはい。戸惑うララの柔らかな髪を撫でながら、俺はメイドに返事をした。ダグラスにも少し揺れると伝えるも、見たことない内装や素材でできたこの車の内装に興味がいっているようだ。まあ、別にいいか。彼だって今は上の空だが大人だ何とかするだろう。

「さあ、行くか」

 まずは奴隷商人の家だ。憂さを晴らすようにメイドが、「行きますよ!」と出発の合図を知らせる。嘶く車におびえる野次馬を前に、彼はATのシフトレバーをドライブへ切り替えた。そしてアクセルをゆっくり踏み、車が走り出すのを確認する。

 鉄で覆われた馬車が動き出したことで、慌てふためく野次馬たちに混ざり、衛兵が何やら叫んでいる。きっと俺たちに何かを言っているのだ。大体内容はわかるが。俺は久々に車に乗ったので、何か音楽をかけようとラジオを聞こうとした。だがノイズしか流れず、ここが異世界なのだと実感した。すると、ラジオのノイズ音の中で、人の声が聞こえてきた。

「お、お化け!?」

「な、なんだ!? 誰の声だ!?」

 焦るララとダグラスをよそに、メイドがラジオを切ってしまう。運転の邪魔だと。

 静かになったワゴン車だが、反比例するように騒がしくなる外の喧騒。それを吹っ切るように、ワゴン車を急発進させる。馬ではありえない初速からのスピードに、皆一様に海を割るように道を開けてくれる。中には立ち向かおうとする衛兵もいるが、メイドがハンドルの中心部を押して鳴らすクラクションを前に、慌てふためいて逃げ出してしまう。車内でも速さになれないララやダグラスが絶叫マシンに乗ったように驚くような悲鳴を上げている。 そんな速いか? まあ、この世界だと速いのかもしれない。

 70キロほどの速度を維持して運転するメイドは、車が傷つくことを気にする様子もなく、運転している。さすがコンドルが愛用していたカスタムワゴン車だ。耐久力は抜群らしい。現代と違いしっかり舗装されているわけではない石畳の道を抜け、俺たちは土で出来た馬車道へと抜け出ていく。

「不味い、衛兵だ!」

 後部席で椅子にしがみつきながら、ダグラスが叫んだ。見れば、巡回中だろうか。ツーマンセルで馬に乗った軽装具の武具を身に着けた兵士がこちらに気づいたようだ。円錐型に尖ったランスを手に握っており、それをこちらに威嚇するように突き立てている。だが俺たちの乗るワゴン車が彼らを避ける気もなく走ってくるのを知り、彼らのうち一人はその場を逃げ出してしまう。だが不幸なことに、一人が勇猛果敢にも突進してきたのだ。さすがに馬に突進されたら不味いと思ったメイドは、ハンドルを切って彼の横を紙一重ですれ違う。

 そのまま走り去る俺たちを衛兵は追ってくることは無かった。というか、馬では振り切られてしまったのだ。いくら俊敏な馬でも、所詮は動物だ。しばらく道を走っていくと、ダグラスが「そろそろ奴隷商人の屋敷だ」と馬車道からそれる方向を指さした。

「ここまでか」

 メイドも俺の言葉に頷き、車のスピードを落としていく。そして完全停止し、「降りましょう」と俺たちに声をかけた。俺は膝の上で目を回したようにぐったりしているララを抱っこしながら、車から降りた。メイドは不服そうにダグラスのために後部席のスライドドアを開け、車から早く降りるよう催促していた。絶対ララのせいだよな、この塩対応。不安は残るが予定よりも早く目的地に到着した俺たちは、車をアイテム欄に収納し、屋敷に続くけもの道を歩こうとした。すると、突然目の前から風を切ったような音とともに矢が地面に突き刺さっていた。

「ご主人様に何の用だ」

 白い毛に覆われた体を持つ、俺の腰くらいの背丈くらいの獣人は、ウサギの様に縦に伸びた耳をこちらに向けている。傍らの獣人は俺より少し背の高い薄汚れた泥のような模様の、耳の垂れた野犬のような風貌の獣人だ。彼らは俺たちの前に現れ、獣人であることと耳に装着された特徴的なピアスが嫌でも目に入った。。

「これより先は我が主人の屋敷!」

「衛兵を蹴散らす貴様らの奇怪な馬車、あれはなんだ!」

 ウサギが弓矢を手に持ち、野犬の獣人が先端が丸みを帯びた木製のこん棒を握りながら、まるで警察の様に俺たちに圧をかけるように質問してきた。

「あれは車。俺たちは旅人」

「私も旅人」

「わ、わたしは元奴隷?」

「俺はただの傭兵」

 俺、メイド、ララ、ダグラスの順で彼らに身分を告げるも、野犬が「怪しいやつらめ!」と俺たちにこん棒をふるおうと飛びかかってきた。

「ま、待て!」

「覚悟!」

 飛び上がった野犬の獣人は、脚力に力を入れて宙に舞った。

「ま、待て!」

 野犬の突発的な行動に対し、ウサギの獣人が何か止めるように叫んだ。だがそれよりも早く、メイドがマントを脱ぎ捨て戦闘服を露にした。丈の長いロングスカートの、黒いメイド服。その上に純白のエプロンを身にまとい、スカートのすそを指でつまみながら、野犬めがけて迎え撃つように飛びかかった。降りかかるこん棒を前に、清楚なメイド服のスカートから伸びる彼の長い足がしなるようにそれを蹴り砕いてしまう。こん棒を砕いてなお傷一つない彼の足を前に、ダグラスはもちろんウサギや野犬の獣人たちも唖然としていた。メイドは飛び上がったせいで長い金髪が乱れたのを嫌がるように、かき上げるように手ぐしで直している。「まだやるか?」と野犬を睨む視線は、俺にたまに向ける圧とは違う、スカーフェイスに向ける視線と同じ色を帯びている。

 武器を失った野犬は慌てた様子を見せるも、持ち前の獣の力を発揮するように地面に四つ足をついている。来る気か? いや、違う。大きく遠吠えをしたと思った矢先、戦略的撤退というように俺たちのワゴン車顔負けの機敏さで森の中に消えていった。残るウサギもその姿を見送る結果となり、必然的に多対1の状況に陥っていた。1テンポ遅れて逃げようとするウサギの獣人だが、それよりも先にメイドが砕けたこん棒のかけらを手に取り、ノーモーションでウサギの後頭部に投げつけ命中させる。

 バランスを失ったウサギの獣人は悲鳴を上げて、森の地面に倒れこんだ。その間に俺も昨夜使用したウルフマン2頭をアイテム欄から取り出し、ウサギを囲むように向かわせた。四つん這いで本物の狼の様にコンビプレーでウサギを追い詰め、無事捕虜にすることができた。ダグラスが持っていた縄でウサギを縛り上げ、武装解除にも成功だ。少し満足していた俺の横で、ララはウサギを前に、「この人も奴隷……」とつらそうな言葉を漏らした。ウサギも彼女の言葉に反応し、侮蔑されたと思ったのか悔しそうにキッと彼女をにらみつけている。だが彼女の耳にもある同じ型のピアスに気が付き、「お前もこいつらの奴隷なのか?」と問いかけた。首を横に振るララは、「奴隷から助けてもらったの」と正直に答えている。

「馬鹿な! 奴隷が解放なんてされるものか!」

 声高に信じられないと叫ぶウサギだが、その耳や丸い尻尾は震えていた。

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