第12話 それは馬車ですか? いいえ、これはワゴン車です
メイドの詰問するような強い怒気に対し、ダグラスは言い返した。
「まず言っておくが、俺はスカーフェイスたちみたいな盗賊団の仲間じゃない。俺は、生きるためにやつらに雇われていただけだ」
「雇われていた?」
俺の疑問に、ダグラスは肯定した。
「その点については、俺もその日暮らしだ。生きるために生活もするし、仲間を買い戻すために金を集めなきゃいけない。やつらとしては、俺の元仲間であるエルフのエレンミアの場所へ案内させるために、利用したかったんだろうな。あとスキルを持っていても、貧乏なこの状態だ。作れるものには限りがある。最後に奴隷になっていないのは、俺の父が死に際に今の国王と交渉したから」
「交渉? よく守られていますね、そんなものが」
完全に疑ってかかるメイドに対し、ダグラスは肩をすくめて「世間体だよ。元国王を殺して、さらに世継ぎの俺を殺したとありゃ、それこそ大戦争だ。下手に反発されるのを嫌がったんだろう。世継ぎの俺を平民として放牧して器の大きさを見せたかったのさ」と推測を交えて反論している。軽口でメイドに反論する彼だが、その瞳は哀愁を漂わせている。
「ほぼ敗戦国の王子でも、使い道はあるからな」
炎が宿ったダガーを握り、悲しそうな瞳で俯くダグラスは、吐き捨てるように「こんなナマクラ、作らせやがって」言う表情は、職人の誇りを汚された様に悔しそうだ。
「その武器も、元はドワーフたちが作ったのか?」
「ああそうだ。だが、俺たちの力はこんなものじゃねえ。俺たちは、職人なんだ。だからこそ、こんな屑鉄で出来たモン作っちゃいけねえ」
「良い鉄を使えばいいじゃないか」
簡単に言ってしまったからか、牙をむく様にダグラスは今にも俺につかみかかるような形相で睨んできた。だがそれなりに教養はあるのだろうか、ぶつける相手が違うとわかってか、怒りを吐き出すように大きく息を吐いた。やめろ、メイド。そんな目で彼を睨むな。
俺が手でメイドを制しするよう仕草を見せると、彼も嫌々そうな表情を見せつつも、行儀良く俺の背後に立っている。そんな俺たちを見て、ダグラスは先ほどダガーで切られて表面に焼き目が付いたパンを握った。
「俺たちの技術を恐れたんだよ。ドワーフ族の上澄みだけ学んだ人間たちの作る武器は、まさにこのパンと一緒だ」
「ただ腹を満たすだけの、餌だ」
そこまで言うか。まあ元王族らしいし、そういうものなのかもしれない。元王族か。
「なあ、協力してやってもいい。何なら今からでも」
俺の言葉を聞き、餌に食いつく魚の様にダグラスはテーブルに身を乗り出し、俺の顔を見つめてきた。
「ただし、俺のやり口に口を挟まないならな」
彼は俺の条件を聞き、ごくりと息をのんでいた。なに、簡単だ。
「城の財宝で俺が欲しいものがあれば、それをいただく。あと奪還方法は俺の自由にさせてもらう。下手に動かれたら迷惑だ。まあ道案内はしてもらうが」
一瞬黙ったが、彼にとっても千載一遇のチャンスだとは理解したのだろう。テーブルに額をこすりつけ、「頼む」と俺に依頼してきた。
「ちなみに、ドワーフ族が最も大事にいしていた宝って何?」
俺の問いかけに、彼は顔を上げて「宝物庫にある、伝説の斧。バルクカザートだ。まだあれば、だが」
彼は斧のサイズを表現するように両腕を広げ、手斧くらいのサイズだと教えてくれた。
「そうか。なら、サクッと行くか」
椅子から立ち上がった俺は、寝ているララを起こすためにソファの方へ向かった。すると驚いたことに、ララが起きていた。寝たふりで俺たちの会話を聞いていたようだ。ソファから起き上がり、俺の腹に顔をうずめるように抱き着いてきた。おっと、メイド、大丈夫。俺に危害は無いから。その手刀しまって。
背後から舌打ちが聞こえた気がするが、それをかき消すような大声でララは俺に「連れてって」と懇願してきた。
危ないぞ? 素直に俺の作った奴らに守ってもらった方が良いと思うが。俺はカタログを見せるようにステータスを開き、アイテム欄のカタログを開いた。するとく獣の皮のブックカバーに覆われた分厚い本が、アイテム欄から飛び出してきた。いままで作ったことのある製品を、ララに見せようとしたのだが。
「いらない。それよりも、一緒にいたい。助けてくれたご恩を返したい」
元奴隷からの解放は、やはり嬉しいものだったのだろう。何歳かわからないが、ララはあどけない顔に似合わない、真剣な目つきだ。そうだな、じゃあこうしよう。俺はララの頭を撫で、じゃあ次いでに他の奴隷たちも開放するか。
「奴隷商人たちはどこにいる?」
俺はダグラスとララに質問すると、城近くの大きな屋敷だと教えてくれた。なるほど、国王からそれなりに庇護を受けているってわけか。面白いな。珍しい亜人とか見られるかな。思わず左右に大きく口を開いて笑ってしまう。まだ見ぬモノはどうしてこう、俺をわくわくさせるのか。
「だが、簡単じゃないぞ。街も広いが、城までも道は長い。街を抜けて城へ向かう途中は馬か馬車を借りる必要がある」
「馬か、乗ったことないな」
「なら徒歩か。目立たないで行けるが、時間はかかる。この城下町から城まで歩くとなると、つくのは早くて昼過ぎになりそうだな」
今が朝だから、最短で6時間程度か。
「その道は整備されているのか?」
「ああ。城へ続く道だ。多少道は蛇の様にうねっているが、基本的に馬車が通りやすいように整備はされている」
「レディ、コンドルのあれで行きましょう」
「そうだな。あれなら早いし、馬車より安全かもしれない」
「何か当てがあるのか?」
ダグラスは俺たちの話を聞いて、策があるかと問いかけてきた。だから俺たちは、「車に乗って、午前中までにつく」と伝えた。車と聞いて、「馬車の事か? 高いぞ」と懐具合を心配するダグラスをよそに、俺たちは明るくなった外に出ようと一階に下りた。そして昨夜入り口前に放置していた、スカーフェイスが屠る予定だったクマの害獣、アロガンスベアの存在をすっかり忘れていた。まるでワインボトルに封をするコルクの様に、ドアを肉の詰まったふさふさな黒い毛皮に覆われた片足でふさいでいる。
「やべ、忘れてた」
メイドもなんで指摘してくれなかったんだろう。だがまあいいか、俺はダグラスとララに、この周辺に知り合いは? と問いかけた。すると首を横に振り、彼は「人間に知り合いはいないな」や、ララも「この店や裏庭以外出たことないから」と知り合いの存在を否定した。そうか。じゃあ特に大騒ぎになっても問題ないな。どうせみんな敵になる。
俺は前の世界でよくコンドルが利用していた、あの乗り物を生成することにした。メイドも運転できるようだし、馬車より楽だ。
「レディメイド」
アロガンスベアは輝き、外から何かざわついた声が漏れている。それはそうだろう、クマがまるで爆発するかの様に、光りだしたんだ。だが、その光は終息し、コンドルが愛用していた黒塗りのワゴン車が石畳や土でできた彼ら流に言うなら御者のいない金属製の馬車だろうか。
「な、ば、馬車、じゃないよな……まさか、これが」
「そ、車。4人は余裕で乗れるし、何より速い」
「これもスキルか? いや、だが、お前、何者だ? そのスキル、普通じゃないぞ」
扉をふさぐクマの足の代わりに現れた車を前に、驚いて感想を漏らすダグラスに「まあ俺たちが使っていた馬車みたいなもの」と伝える。正確には、俺達の客が使っていたが正しい。乗り込むために俺たちは外に出ると、後ろでララも恐る恐る俺のマントの裾を握りながら、ついてきている。モノ珍しそうな様子のダグラスも、鏡のように輝いている鉄のボディに映る自分の顔や、この世界で使われているタイヤとは異なる厚みのあるスタッドレスタイヤなどを前に困惑が表情に出ていた。さすがに見たこともない鉄の塊を前に、またどうやって乗って良いかわからないといった様子で、二の足を踏んでいる。それを見たメイドがやれやれとため息をつき、後部座席のスライドドアを開けたことで、彼も恐る恐る後部座席に乗り込み、合皮の防水シートクッションに覆われた、低反発のクッションシートに腰かけることが出来た。
「柔らかい……城で使っていたソファよりも上等だ。だが、皮でもないし、この素材はいったい」と彼は感想を漏らし、シートの手触りに感動している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます