第8話 朝食はエルフの乳しぼり。イケメンの土下座はおかずですか?
豆を指でつまむように、無言でパンパンに膨れた店主の顔をつかむスカーフェイスに、店主はさらに悲鳴を漏らしていた。
「聞きたいんだけどさ、奴隷ってどう買うの?」
「そ、そんな、私は、いだだだ! 言います、言いますから!」
嘘をつこうとした店主の頭をまるで鞘から豆を取り出すように、スカーフェイスは太い指の力を強めた。やめろ、それ見たらしばらくポークビーンズ食えなくなる。俺は力を緩めるよう指示を出し、店主を解放した。涙目の店主は、奴隷商人がいる屋敷を教えてくれた。それにこの街の地図も。いやあ、悪いね。交渉していると、やっとメイドが厨房から戻ってきた。手にはシルクのハンカチを持っており、濡れた手を拭いていた。
「やっと汚い血がとれました」
潔癖症のようなことを言うメイド。あれ、そうだとしたら、前の世界でも嫌だったのかな。結構掃除とかサボってたし。だがこの世界に来てからメイドを作ったんだ。細かいことは気にしないようにしよう。
俺はエルフの娘を呼びつけ、彼女の耳にあるピアスを見せつけた。
「これってさ、取ったらどうなるの?」
言いよどむ店主はしどろもどろの表情を見せる。それはそうだ。言ったら最後、殺されることが目に見えてるんだから。先ほどみた凄惨な現場を見て、自分の命が長くはないことを悟ったのだろう。だがまだ諦めない彼に、俺はあれを見せた。さっき作ったんだ。俺はアイテム欄から、エルフの耳についているピアスと同じ物を彼に見せた。
「動くなよ。スカー、抑えとけ」
俺は逃げようとする店主をスカーの両手に握らせて、泣きわめく店主の耳に装着してみた。その最中も騒ぐことこの上なく、鬱陶しかった。ピアスを装着しても、泣きわめくのは止めない。あれ、ミスったかな。
「黙れ」
俺は試しに店主に命令してみた。お、黙った。その様子に一番驚いているのは、エルフの娘だった。
「あ、あの……」
ああ、ちょっと黙っててね。今こいつに聞きたいことあるから。俺は店主に、ピアスについて知っていること全てをしゃべらせた。
「そうか。持ち主が委譲する意思を見せるか、死ねば奴隷は解放されるのか。で、無理に外せばそのピアスは毒になって奴隷を殺した後に、効力を失う」
俺が店主の言葉を復唱すると、隣にいるエルフの顔が明るくなった。恋メイクをしているが、少し落ちたメイクの奥から見える瞳はまだあどけなかった。エルフの奴隷は解放できそうだな。だが、問題はこいつだな。
すっかり酔いがさめた優男、ダグラスだ。こいつ、別にもういらないんだよな。そう思っていたらダグラスにも伝わったのだろうか、青ざめた表情がさらに青ざめている。
「やりますか?」
「いや、やめておく。エルフ、名前は?」
「あ、わ、私ララ!」
恐怖におびえながらも、少し輝いた青い瞳で俺たちに名前を教えてくれた。俺は彼女の髪を撫で、村に帰してやるからと約束した。ダグラスに対しては、奴隷ピアスをつけるか悩んだが、何となくやめた。今回寝床を手に入れられたのは彼のおかげだ。それに素材もな。そのお礼ではないが、彼を解放することにした。横で甘いと俺を叱る彼、メイドのお説教を聞きながら二階に上った俺は、二階はテーブルや椅子があることに驚いた。なるほど、だからスカーフェイスはここで飲んでいたのか。壁際にはぼろそうなシーツのかかったソファがいくつかある。俺はその一つを自分のベッド代わりに、床に就いた。正直であんまり眠れなかったが、翌朝早朝にメイドに起こされた。それと同時に、部屋から焼きたてのパンの香りがするではないか。
コックに作らせたのだろうか。そう思って背伸びをすると、驚いたことに2階の中心にあるテーブル席にララとダグラスが腰を掛けて俺の起床を待っていた。
ダグラスは完全に酔いがさめたようで、コーヒーの入ったマグカップとコーヒーポットを手に取り、君も飲むかい?と俺に声をかけてきた。その様子は少し怯えているようだが、どこか朗らかだ。
「ああ、そうだな。でもミルクが良いな。割とうまかった」
俺がそういうと、ララが元気よく「ここにあります!」とミルクと同様に白い陶器で出来たミルクポットを握っていた。
「カフェオレで?」
ああ、それでいい。メイドは俺の分の飲み物をマグカップに注ぎ作ると、俺の前に差し出した。
「逃げなかったんだな」
俺はメイドの入れたカフェオレを飲みながら、黒いパンをかじった。少し酸味があるが、歯ごたえが良い。まあまあだな。同じメニューを食べているララが、覚悟を決めたように、声を震わせて俺に声をかけてきた。
「あ、あの! あ、ありがとうございます!」
目覚まし時計より響く彼女の声に、俺はパンをかじりながら頷いた。ほっとしたような表情のララは、緊張の糸が切れたようにへなへなと椅子に座っていた。その尻を触るダグラスに対し、「なにするんですか!」と頬を叩いた。
「あ、ごめんなさい!」
慌てて謝るララに対し、「いいさ。それにしても、本当にそのピアスの効力を打ち消したんだな」と叩かれた頬を気にする様子無く、ダグラスはコーヒーをすすった。
「ああ、やったらできた」
俺の言葉に、彼は「やったら、できた、か。簡単に言ってくれるぜ」と立ち上がった。帰るのだろうか。さいなら。
「あ、ミルクお替り」
俺が言うのをわかっているかのように、メイドがすでに俺の横でミルクポットを持っていた。とくとくとコーヒーカップに注がれる、少しカフェオレの残りが混ざった、ミルクはやはりおいしい。するとララが、裏の牧場で毎朝搾りたての牛乳を用意しているのでと、元気よく教えてくれた。そしてその仕事もいつも自分がやっていたことを、明るく教えてくれた。そうか、苦労したんだな。
「頼む、力を貸してくれ!」
立ち上がって去るかと思っていたダグラスが、床に両手両ひざをつき、頭をこすりつけるように下げていた。
縋るように、彼は顔を上げることなく俺たちに叫んだ。
「この街を、俺の街を救ってくれ!」
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