第7話 血染めのギルド? お酒は静かに飲みましょう。
悲鳴を上げて立ち上がる彼女は、やめてください!や彼に抗議をするようなそぶりを見せず、ただ恥ずかしそうに駆けるように俺たちのテーブルから去っていった。
「聞いた話じゃ、この店の店主、相当大金叩いたらしいぜ」
「大金? その奴隷商人から買うためにか?」
「ああ。エルフは人気だからな。長寿だからコスパもいいし、餌も野草とかで十分だ。まあここの店主は看板娘って体だからな。それなりに肉や魚も食わせてもらってるだろうよ」
ビールをあおりながら、ご機嫌に解説してくれる彼。だがそれとは裏腹に、俺たちは少し不愉快な気分になっていた。
「だがあんたの奴隷、ピアスが無いな。どこで買ったんだ?」
「拾った。そして、調教した」
あっけらかんというメイド、いや、今はレディか。紛らわしい。メイドでいいや。メイドは運ばれてきたビールを淡々と飲みながら、俺の頭を撫でた。
「動物のしつけは得意でね」
「はっはっは! そいつは羨ましい!俺もご相伴にあずからせていただきたいくらいだ。そういえば俺の名前がまだだったな。俺の名前はグラウス。しがない傭兵だ」
「傭兵? あいた!」
俺はミルクを飲みながら問いかけると、メイドが俺の頭をはたいた。何する!
「奴隷が私たちの会話に口をはさむな。これでも食べてろ。すまないなグラウス。不愉快な気分にさせた」
俺はメイドが差し出した、骨付きソーセージを食べながら、不服そうにメイドを見た。だがメイドは今はおとなしくしていろと言うように、アイコンタクトを送ってきた。にしたって、扱いひどすぎだろ。奴隷かよ。……奴隷だった。思わず涙が頬を伝ってしまう。少ししょっぱいソーセージを食べていると、後ろから階段をがたがたと降りる音がした。見れば、J1よりも一回りほど大きなクマのような体格の、傷のある禿げ頭の男が下りてきた。
「よー、泣き虫グラウス。そんな良い女いるなら、紹介しろよ」
「スカーフェイス……いや、お頭。二階で飲んでたんじゃ?」
「子分が教えてくれたのよ。グラウスが女を侍らせてるってな。いいよなあ、優男は。弱くても女が抱けるんだから」
周囲のへべれけな男たちに同意をとるように問いかける禿げ頭、スカーフェイスに呼応するように周囲の男たちがゲラゲラと笑っている。
「これはこれは。確かに、挨拶が遅れてすまない」
メイドはスカーフェイスと向かい会うように振り返り、フードを脱いだ。周囲から「良い女だ」や、グラウスへの嫉妬、中にはセクハラじみたヤジを飛ばす男たちばかりだ。スカーフェイスも自分の顎を太い指で撫でながら、「性格がきつそうだが、いい女じゃねえか」とメイドを舐めまわすように見ている。そんな視線は慣れっこだというように、メイドはスカーフェイスに一礼した。
「酒と食料のもてなし、感謝する。にしても、出発式と聞いたが飲み過ぎではないか?」
「なあに、明日森の害獣をぶっ殺すだけだからな。それに、それが終われば奥にあるらしい村で、宝さがしよ。しばらく酒が飲めなそうなんでな」
豪快に笑うスカーフェイスに、メイドが「それはすごい。さぞ逞しくてお強いのだろうな」と賞賛の言葉を送った。だがその笑みの下にある本当の表情に気が付いているのは、俺だけだった。
「私もたくましい勇者様には餞別を渡したいが、あいにく金が無いのでな。代わりのモノを差し上げたい」
メイドの柔らかくも蛇のように微笑む表情に、周囲の男たちから指笛が鳴り響いた。スカーフェイスも下品な笑みで、「殊勝な心掛けだ」と舌なめずりをしている。
「エレナ。外にあるあれを。エレナ!」
あ、そうだ。エレナって俺だ。わかりにくいな。エレナは俺な。痛い! 殴らなくても。メイドから拳骨をもらった俺は、へいこらと頭を下げながら飲み屋を出た。去り際にスカーフェイスが「あいつもいいな」とつぶやくせいで、鳥肌と同時に髪の毛が逆立ってしまいそうだった。
あれってことは、あれだろ。俺はギルドから少し離れた場所で、アイテム欄を開いた。その中で、素材となっていないクマのような獣を取り出した。重い。俺はスカーフェイス並みのサイズのクマの後ろ足を一本肩に担ぎ、ひーひー言いながらギルドの中に入ろうとした。だが、入り口は足が入るだけでギリギリだ。
「もって、来ました」
息を切らした俺に対し、エルフの娘がミルクをくれた。ありがたい。するとミルクを運ぶついでだろうか、静まり返った店内の中で彼女が恐る恐る俺たちに、問いかけてきた。
「あ、あの、これって」
「ああ。道中仕留めた。もらってくれまいか、傷物君」
メイドの言葉を皮切りに、一瞬でゆでだこの様に顔を真っ赤にしたスカーフェイスが、隣に立つへべれけな男を俺たちにぶん投げてきた。メイドはそれを片手でキャッチすると、手首だけの力でそれをスカーフェイスの傍にいる男に投げつけた。投げつけられた男はもちろん、ぶつけられた男も呻くように倒れ、気絶していた。
「大した町じゃなさそうだ。いこう、レディ」
再びフードで顔を隠したメイドは俺にそういうと、建物から出ようとした。その肩をつかむスカーフェイスは、問答無用と言わんばかりに殴りかかってきた。それと同時に店内は大乱闘が始まってしまう。もとより泥酔者たちばかり。まともな判断ができるものは少ない。
俺もメリーを背に乗せてウルフマンたちから逃げるときの様に、背中にエルフの彼女を乗せて男たちの頭を踏み台にタップダンスを始めることとなった。罵声はもちろん、なぜか楽しそうにお互いの頭に酒瓶を振り下ろす飲兵衛もいれば、日頃の恨みを晴らすように近場の男たちに殴りかかる男もいる。
俺たちはそんな奴らの顔を踏みつけ、また別の顔を踏みつけを繰り返した。だがそんな俺でも、近寄らないほうが良い場所がある。
「てめえ、黙ってりゃあ」
「触るな」
「ああ? 触るなだ? ふざけやがって。お前も、あの奴隷も、泣くまで手籠めにぐふっ!」
メイドが抜き手を放つように、口上を述べるスカーフェイスの腹に手を突き刺した。でかい体に見合った分厚い腹部だ。幸い殺してはいないと信じたい。あ、よかった。生きてるっぽい。まだ呻いているスカーフェイスに対し、メイドは「鬱陶しい肉塊だな」と抜き手を引き抜き、血の付いた手を水を払うように鋭く振った。そして刺されてくぼんだ腹部を足かけにして、そのまま彼の顔面目掛けて駆け上がった。
「レディ、やっても?」
ここで許可を取るのかよ。まあ、こんだけ騒いだんだし仕方ないか。俺が頷くと、メイドはスカーフェイスの首に対して横なぎに手刀をふるった。ゆっくりと体から滑り落ちる彼の首は、重力に逆らうことなく床に転がっていく。
「レディ、証拠隠滅をしなければなりません」
そうだな。だが……厨房から出てきたコックや店主らしきでっぷり太った男たちも消さなきゃいけないのか。面倒だなあ。俺は適当にアイテム欄をいじり、ウルフマンの死体や道中倒した素材を床にぼとぼとと落とした。
J1は目立つよな。どうしよう。そうだ、これ出来るのかな。俺は気になったことを、試してみた。無口だったメイドが人間らしくなった。じゃあ、その逆はどうなんだ? 俺は背中に乗せたままのエルフの彼女を下して、首の無くなった巨体に近づいて手をかざして「レディメイド」と唱えた。するとまるで大地から芽を出す様に、彼の頭を失った首からもぞもぞと頭が生えた。だが床に転がる、古い顔もある。でも成功したのかな。
俺は床にボールの様に頃がる彼の古い頭を持ち上げ、新しい頭の男に声をかけた。
「スカーフェイス?」
新しい顔を生やしたスカーフェイスは、俺たちをぎょろりと睨んでいるようだった。だが、言葉を話さない。あれ、変だな。粗雑な態度をとると思っていた俺を、彼は黙ってみていた。
「何か命令してみたほうが?」
ああ、そうだな。俺は試しに、まだ意識のあるこの店から逃げようとした酔っ払いの一人を始末するよう指示を出した。すると石人形のように、俺の指示を受けてやっと彼は動き出した。
「メイドと逆だな」
心外だというように、メイドが「一緒にするな」とため息をついている。まあそうだよな。俺はすまないと謝罪すると、彼も少し機嫌を直したように笑っている。
あとは、そうだ。こいつらでいいか。新たに生まれた死体や、先ほど床に落とした死体を俺は「レディメイド」と唱えて生まれ変わらせた。
槍を持った、細身で狡猾なウルフマンを4体。だがおかしいな、またしゃべらない。結局命令して、店の掃除をすることにした。先ほどの乱闘をまだやっているのだろうと思われたのか、店から響かせる阿鼻叫喚を聞きつけやってくるものはいなかった。
メイドは手や頬に飛んできた返り血が気になるのか、流してくると厨房へ向かった。怒ってるな、あいつ。だがだいぶ素材を収集できたな。俺はアイテム欄の素材の横の数字が増えて、ほくほくした気分だ。その俺に対し、無言でソーセージやミルクを運んでくるコックたち。悪いね。模様替えをしたような真っ赤な店の中で、おびえたように隅で固まっている人間たちに、俺は声をかけた。
「なあ」
呼んだだけなのに、顔を隠して身を竦ませるでっぷりした店主さん。少し傷つく。ああ、殺すな。スカーフェイス。
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