第6話 酒場で奴隷エルフ発見!


 夜だからか、トンネルのような半円型の両開きの入り口の前に、薄暗くてよく見えないが鎧を着た人間が二人、立哨として立っている。だがウルフマンのように、獣人かもしれない。俺は注意しながら、彼らにばれぬように森の木陰に身を潜めた。それに合わせて後ろでメイドも前方の門番以外にも敵がいないか警戒している。

 強行突破しかないのだろうか。そう思っていた矢先、メイドが何か音がすると声を潜めて俺に教えてくれた。指さす方を見れば、2頭の馬ががたがたと音を立てて馬車を引っ張っているのを発見した。どうだ、メイド。メイドは御者は人間のようですと俺に耳打ちしてくれた。それは好都合だ。音を立てて揺られている馬車の背に忍び寄り、夜の闇に乗じて荷馬車の中に乗り込むことに成功した。


―城下町―


 中は食料だ。カボチャやジャガイモなど、日持ちのする食べ物はもちろん、酒樽のような物がいくつも収納されていた。おや、これは亜人か? 作物を勝手に食べないように口に猿轡のような拘束具を装着している羊が数頭、荷台の奥で眠っている。揺れが収まったな。俺たちは羊たちの体に隠れるように、ローブで体をくるんで丸くなって隠れた。幸いローブにはメリーたちのような獣の匂いが付いていたため、羊たちも敵とは思わないようだ。気にせず目を閉じて眠っている。

 にしても大量の食べ物だな。いったいどこに運ばれるんだ? 耳を澄ませても、御者は何かコインを袋から取り出すような音を聞かせるだけで、門番と無駄話をしている様子はない。ということは、この馬車この街の外から来たのか? だとしたら不味い。荷物を検分されたら、いくら俺達でもすぐに見つかってしまう。殺すしかないか。そう思った矢先、また馬車がゆっくりと動き始めた。

 どういうことだ?

 俺たちは無事街の中に入ることができたため、適当なタイミングで馬車を下りて夜の闇にお暇することにした。少し小便くさいこの街は、それなりにハッテンしているようだ。夜なのに明かりをともすを油を惜しげもなく使う飲み屋が、いくつか散見される。俺たちはマントで体を隠し、できるだけみすぼらしい様子で街を観察していた。だが町の外を歩いていても飲み屋以外に出歩いているのは、野良犬や野良猫か、俺たちと同じ浮浪者くらいだ。

「レディ、パブへ行きましょう」

 正気か? メイド。俺は後ろから声をかけてきたメイドの方を振り返った。するとメイドはあの店をと指をさした。2階建ての飲み屋だ。二階にはガーデンテラスのような大きなベランダがあり、外の夜風に当たりながら楽しそうに酒を飲んでいるおっさんたちが見えた。

「あの店なら、酔っ払いも多いでしょう。私たちの容姿にはそれほど興味を持たないはず。幸い私は人間っぽい見た目です。あなたは亜人ですが」

 なんだ嫌味か。こう見えて、この耳が生えてから結構便利なんだぞ。俺はメイドにだけ見えるようにフードを少し脱いで、顔を見せた。見よ。この凛としたネコミミを。っておい、撫でるな。

「今のレディなら、最悪ばれても私の愛玩動物として言い張れます。それなりに整った顔をしていますから」

 軽く馬鹿にされた気がするが、俺も腹は減ってきている。そうだな。ちなみに酒は?

「ダメです。まして従者のあなたが酒など、以ての外です。身分を分け前なさい」

 もう役に入っているのか、メイドはつんけんした様子で俺を睨みつけた。するとため息をつき眉間のしわを緩めるメイドは、「ミルクでも飲みなさい。今のあなたには、きっとおいしく感じられますよ」と俺の頭を撫でながら微笑んだ。ちょっと待て、どういうことだ。文句を言おうとしたが、飲み屋へ足を運んでいる。一階の扉の上に、居酒屋ギルドと書かれていた。

 さも常連のようにメイドはためらいなく扉を開いた。油の切れかかったような、きいきい耳障りな音を立てて開かれる扉。その先には、立ち飲み屋のように丸テーブルがいくつも並んでいた。

 おお、すごい活気だ。アルコールの匂いに喧騒、燻製肉やソーセージの食欲をそそる香り。入るとすぐに、給仕だろう。ロング丈の鮮やかな赤いスカートを履いた、白いブラウスの上に黒いエプロンを纏った少しメイクの濃い特徴的な長い耳にピアスをした女性が俺たちに声をかけてきた。

「ごめんなさい。今満席で」

 だろうな。俺たちのことに気にもかけず、がやがやと騒いだように乱痴気騒ぎなやつらばかりだ。口々に誰かの名前を言っているようだが、うるさすぎて聞き取りたくない。思わず凛と立っていた俺のネコミミを萎びたように垂らして、蓋をするように頭部にくっつけてしまった。

「そうか。にしても、ずいぶん景気が良いな」

 旅人のふりをしたメイドは凛とした気を放つように、席を横目で見て給仕の娘に声をかけた。すると娘は「出発祝いなんです」と少し憂いを帯びた表情を見せてつぶやくも、すぐに営業スマイルに戻った。なぜなら一階の厨房から怒鳴るように作った料理を運ばねえかと叱責が降ったからだ。

 娘は慌てて俺たちに謝罪し、奥の厨房の方へ戻っては料理や酒を客たちへ運んでいる。中にはあいさつ代わりに尻を触っているような客もいるが、彼女は怒る様子もなくただ逃げるように厨房に戻っては、料理を運んでいる。まるで鞭に打たれた馬だな。せわしなく働く彼女は俺たちの相手をすることが出来なそうだ。しかたなく店を出ようとした俺たちに、入り口近くの席で飲んでいた男が声をかけてきた。

「よお、あんたら。新顔かい」

 木で出来た樽型のジョッキをあいさつ代わりに掲げて飲み干す赤ら顔の青年だ。癖のある長髪をなびかせ、それなりに整った容姿に自信があるようなその男は、席がないならこっちに来いよと俺たちを手招きした。いいのか? 黙っている俺たちを見た彼は、気にするな。席の奴らは酔いつぶれちまったと、赤ら顔でもたれかかるようにテーブルにうなだれていた男たちを、埃を払うようにどかしてしまった。どかされた男たちはどさりと音を立てて床に倒れこけ、いびきをかいている。完全に泥酔だな。

 俺はメイドと顔を見合わせ、彼の席に招かれることにした。

「来て思ったが、俺たちここの金持ってないよな」

 ひそひそ声でメイドに耳打ちすると、彼は懐事情を心配している俺たちをみて、ガハハと笑っていた。

「気にするな! 今日のお代はお頭持ちさ!」

 と先ほどからあわただしく働いている娘が運んでくるビールを手に、天井を見た。娘に対し、彼はこのお嬢さんたちに飲み物を。と、娘の手のひらを握りキスをしながら、笑った。

「良いのか?」

「良いと言っているので、ごちそうになりましょう。私は適当な酒を。こいつにはミルクを」

 こ、こいつ!? こいつ、いつの間にそんなに偉くなった。俺はメイドに憤慨しかけたが、代わりに彼が俺の方を見て、そっちの嬢ちゃんは飲まないのか。と不思議そうだ。

「ええ。僕に酒を飲ませる主がいますか?」

 メイドはそういうと、フードをかぶったままのメイドはくちもとだけ笑い、俺のローブのフードを剥いだ。ば、馬鹿!露になる俺の顔を見て、彼が涼し気な口笛を吹いた。くそ、俺は仕方なく、頭髪と一体になっていた倒していたネコミミを、ぴょこんと立たせた。

「美人だとは思っていたが、まさか亜人とはな。あんた、名前は」

「私はレディ。こいつはエレンだ」

 こいつ呼ばわりだけでなく、名前まで奪われた。……確かにメイドなんて名乗るわけにいかないし、仕方ないにせよどうしてその名を選ぶ。

「ほう、亜人なのにエルフみたいな名前だな。そうだ、亜人つながりで気が付いたか? ここの店員も、エルフなんだぜ」

 そう言って彼は、俺たちの飲み物を運んできた娘の腕をつかみ、抱き寄せた。俺たちは彼女の持っていたミルクと酒の入ったジョッキを落とさないようにキャッチすると、彼は珍しいだろ?というように、彼女の長い耳を指でつまみ、ピアスを見せつけた。

「これが奴隷の証さ」

 このピアスは不思議でな、奴隷商人から買った奴隷にはみんなこれがついている。これをつけると店に逆らえず、従順な奴隷になるってわけさ。だからこの通り、ほら」

 彼はそういうと、彼女の尻をもみだした。

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