九月一日、始業式の日。下駄箱に見慣れた字で書かれた手紙が入っていた。


「山本さくら様

       放課後、技術室横の自販機で会えませんか。

                           今村航」


 色とりどりの星がフレームを作るメッセージカード。綺麗な字、とは言いがたいが、はねとはらいがしっかりとした文字。それを制服のポケットに入れて、始業式に出た。

「全員がそろわなかったのは残念ですが、大きな事故もなく~」

 ありきたりな校長先生の言葉。小学生の時から、式ではなされる言葉は大して変わらない。課題の提出がある始業式はずる休みをする生徒がある一定数いる。特進科の生徒は、教師がそんなことを見抜いていることも知っている。まぁ、特進科のような優秀な生徒達にとって、学校の課題なんてなんてことないのかもしれないけど。

 壇上では、校長先生に変わって、夏休み中の全国模試で学年1位をとった3年生の橋場恭子が話している。特進科、といってもそのレベルはピンキリだ。橋場先輩のように、東大や他の旧帝大、医学部を目指すような人もいれば、私のような地方国立大学に進学できればいいやという人もいる。そういえば、振るための言葉考えとかないと。呼び出しの内容は大体予想がつく。これで3回目。彼に欠点があるから振っているのではなく、シンプルに恋愛をしようという気持ちがない。特に好きな人もいないし、彼のことは嫌いではないので、全く付き合えないというわけではないが、こんな気持ちで、自分は好きじゃないのに付き合って良いのか、わからなかった。いかに傷つけず、振るか。割と神経を使うのだ。高校2年生もまだ思春期だ。一つの言葉が命取りになることだってある。硝子のようにもろいのだ。

「今村航君」

 突然、問題の男の名前がでた。この現象なんて言うんだっけ、カクテルパーティー効果だっけ。はっとして、壇上をみると何人かの生徒が立っている。表彰の時間らしい。

「今村君は地方の企業と協力して特殊ガラスの政策に取り組んでいます。2学期からは、定期的に企業に出向いてさらに技術を磨く予定です。今村君からも一言どうぞ。」

「紹介にあずかりました、二年G組今村航です。今、僕は再生可能な硝子についての技術を勉強しています。硝子の成分を変えて、人にも地球に優しい硝子を作って行こうと思います。」

 盛大な拍手を受けながら、小さく挨拶して今村が壇上から降りる。わぁ、すごい人だったんだなぁ。音が出ない拍手をした。この後この人に何の話されるんだろう。気が重いなぁ。いつもは早く終わって欲しいホームルームも、今日は少しでも長くなって欲しいと思った。ずるいよな、手紙でこうして周囲固めるなんて。行かなかったら私が悪いみたいじゃん。私の気持ちとは裏腹に、時間はすいすい進んで放課後になった。進学科の生徒は、教室でテキストを広げて自習をしている。心を教室に残して、自動販売機に向かった。そこにはさっき壇上で見た彼の姿があった。この場所は、学校でもあまり日の当たらないところにあるため、顔に影が入っているが、それでもわかるくらい緊張して赤くなっていた。

「遅くなってごめんね。」

「いや、俺が呼び出したんだし。」

 沈黙。こうしたとき、どう話題を切り出せば良いんだろう。

「さっきのびっくりした。そんなことしてたんだね。」

「まぁ、、それくらいしかすることがなかったから。」

「でも、毎日学校にいたでしょ。」

「知ってたんだ。」

 うれしそうな彼の顔。あっ。しまった。慌てて口元を隠す。

「あのさ、こういうことお願いするの良くないんだけど、俺と1回デートに行ってくれない?」

「デート?」

「デートって言うと、言い方が悪いんだけど、1回一緒に遊びに行って欲しいんだ。俺頑張ったし。」

「でも、そういうの恋人同士じゃなくて良いの?」

「何回も言ってきたけど、俺、山本さんのこと好きなんだ。それで付き合って欲しかったんだけど、よく考えたら山本さんとそんな喋ったこともないし、お互いよく知らないじゃん。だから、付き合ってもらうのってよく考えたら無理じゃん。とりあえず、俺のこと知ってもらおうって思って。」

「なるほど。」

「とりあえず一回、俺と出かけて欲しいんだ。この夏頑張ったご褒美として。」

 うーん。目の前でこう何回もぺこぺこされると居心地が悪い。私なんかと言って楽しいのかなぁ。

「ね、山本さん、お願い」

悩んでいると、生徒が近づいてくる声が聞こえた。まずい。早く場を終わらせないと。

「いいよ、行っても。九月の土曜日ならあいてるから。」

「ほんと、うれしい。」

「じゃあ、私、教室戻るから。」

 言い終える前に彼に背をむけて、教室に戻った。自習もせず、鞄にテキストを詰めてそのまま帰った。告白されたわけでもないのに、顔が熱かった。


 次の実験の授業の時、彼の方から来週の土曜に市内の駅で待ち合わせをするのはどうかと提案があったのだが、「山本さんってどこの路線なの?」この一言で計画が変わった。

「私?地方鉄道なんだけど。」

「え、降りる駅は?」

「高市」

「あそこって、エンジェルスカイがあるとこじゃん」

 久しぶりに親族以外からこの単語を聞いた。まぁ、あの町にはそれくらいしか魅力がないから仕方がない。

「そうだけど」

「え、じゃあ、エンジェルススカイにのろうよ。俺、乗って見たかったんだよね。」

「いや、そんな面白いことないよ」

「でもさ、未だにちゃんと動いてるのってすごいよな。ほら、市の遊園地は縮小しちゃったじゃん。」

「でも、市の遊園地にも観覧車はあるよ。」

「いや、エンジェルスカイに決定。だって今回は俺のご褒美を聞いてもらう回だもん。」

「んー、でもそれ以外何もないよ。」

「いーよ。もしつまらなかったら別のとこに行けばいいじゃん。」

「まぁ、、、確かに」

「そしたら、高市駅に10時ね」

 ほぼ押し切られる形で決定した。エンジェルススカイは雨風に晒され、年々劣化していた。ちゃんと見てはいないけど、自分の持ち物が少しずつ劣化していくのを見ていると容易に想像が出来た。がっかりされたらどうしよう。それは、エンジェルススカイに対しても自分自身に対してもだった。だから、デートに行く日の服はお母さんの古い一張羅を借りた。水玉柄の紺のワンピース。普段は長い髪を後ろでくくっているが、カールドライヤーでゆるめのカールをかけた。なにか持って行った方が良いかな。近くのお菓子屋でクッキーの詰め合わせを買った。

10分前くらいに駅に着いたが、すでに今村は来ていた。

「あんまり電車がなくって」

 フォローにもならないフォローをした。

 駅からエンジェルスカイまでは歩いて30分、バスで10分程度だった。歩くかどうか聞かれて、変に気を遣われるのはいやだったので歩いて行くことにした。駅前の通りは商店街となっていたが、シャッターが閉まっている店舗が多くなっていた気がした。懐かしい文房具屋。まだ風鈴が鳴っている揚げ物や。ススキが飾ってある着物屋。懐かしい思い出が出てくる。

「あ、こんなお店できたんだ」

「このジューススタンド?」

「そうそう、昔は駐車場だったんだよね。」

「ここはお祭りになると提灯がともるんだよね」

「おしょうらいって言うのが伝統でね。」

「エンジェルスカイの近くはレストランとかブティックが多かったんだけど、商店街はわりと庶民的なお店が多いんだよね。」

「このお店は軒先で10円で植木鉢が売っててね。」

「店内で一輪車をしている兄弟がいるの」

「山本さんは本当にこの町が好きなんだね。」

 あ、べらべらと話しすぎた。

「俺、市の中心部に住んでたから、こういうのあんまりわからなくって。良いなぁって思うよ。そういうの。」

「ほんと?」

「こういう普通の話をする山本さんずっと見たかったんだよね。誘ってみて良かった。」

「いや、むしろごめんね。わざわざ高市まで来てもらって」

「初めて来たけど、最初が山本さんで良かった。」

 どうしてこの子はこんなさわやかな顔でこんなこと言うんだろうか。そうして歩いているうちにエンジェルスカイについた。最後に来たのは中学生の時、それから私も成長したつもりでいた。でも、エンジェルススカイはあの頃と変わらず威圧感があった。お気に入りの青色のゴンドラは色が褪せて、さびの赤茶色や雨の跡がついていた。今にもきしんだ音が聞こえてきそうだ。


「本当に乗るの?」

「そりゃあ、これに乗りに来たんだから」

 親子がゴンドラから下りてくる。 私達のような若い男女の姿はどこにもない。

「高校生2人で。」

「2人で1600円です」

「これで」

 財布からぴったりの金額を彼が出して、ゴンドラに乗る。来たゴンドラはたまたま青色だった。

ゴンドラの中はあの頃と同じ白く塗られていた。所々塗り直した跡か、ぼこぼこしている。

「こんだけ歩いたんだね」

 外を見ながら指を指す。つられて外を見る。エンジェルススカイの横にある商業ビル。もう閉店したのであったというべきなんだろうか、その屋上には雨水がたまって黒くなっていたり、くすんだ色の遊具、ペンキで描かれた落書きがあった。それをみて、そこでの思い出を話す気持ちにはなれなかった。

「山本さん、俺、やっぱり好きなんだ。」

「うん。」

 こうした逃げられない場所で言うのはずるい。太陽が彼の顔に差し込む。まぶしいだろうな。それでも彼はまっすぐに顔を見る。彼の顔越しに錆びた町をみる。私と変わらない。今を生きているだけの町。

「付き合うことがいやなら、せめて、友達になって欲しい。」

違う。いやとか、そういうことじゃない。

「だめかな?」

 ちょっと待って欲しい。けど、この空間は二人しかいないから、自分で何とかするしかないんだ。何か言わないと。

「いや、別に付き合いたくないとかじゃないの。」

「うん。」

「私、特に好きな人が今いないんだよね。だから好きでもないのに付き合っちゃったら良くないかなって。」

「そっか。そしたら俺、待ってるよ、好きになってくれるまで。」

「うん。」

 沈黙が流れる。私が作ったんだ。エンジェルスカイってこんなに長かったかな。外を見る。ビルが少ないこの町、この高さからだと市内が見える。小さいころは家を探すのに必死だった。海も見えるんだ。帰りはバスで駅まで向かった。

「これ、この間の表彰の」

 来る前に買ったクッキーの詰め合わせを渡した。

「え?俺に?ありがとう」

 そう言って、彼は改札に行こうとした。

「まって。LINE交換しよう」

 慌ててスマートフォンを差し出した。自分でもびっくりした。

「ほんと?いいの?」

 にこにこと手を振って、彼が改札を抜けていく。

彼を見送って、駅から家まで帰っている途中に、LINEが来た。

「今村航(いまむらわたる)です。今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」

 名前のルビに笑ってしまった。もう君の名前は知っているのに。同じように返した。

「山本さくら(やまもとさくら)です。こちらこそありがとうございました。」


 それから、今村君とは学校でもLINEでも会話をするようになった。私達はすぐに仲良くなった。そして2年のおわり、実験の授業が最後の日、私の方から告白した。あの日の航の顔は今でも思い出せる。3年生になると私は受験勉強、航はインターンでなかなか校内で会うことは難しかったが、LINEや電話でその分を補った。

 そして、航は地元企業の推薦枠を手に入れ、私は栃木にある国立大学の教育学部に合格した。富山と栃木は遠距離になるが、帰省の度に航にあった。また、航が東京にある店舗に来たときは宇都宮駅で会った。4年次の教育実習では、富山に戻って自分の過した中・高校で国語の授業をした。そして、金曜日の夜は航と飲み歩いた。


 就職は富山と関東で悩んだが、東京にある子ども向け学習教材の開発部にした。航は「富山には帰ってこないのか。」といっていたが、「東京でさくらが頑張っている分、自分も頑張らないとね」といって就職を祝ってくれた。私が就職したころには、航には多くの部下ができ、支部でライン長を務めていた。私も「頑張らなきゃ」と思い、仕事に打ち込んだ。そして、2年目にはいくつか契約を任された。

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