ループ
魚の目
①
エンジェルスカイがこの夏で廃業となるそうだ。
そうした話は、なんとなく彼氏の今村航から聞いていたが、職場の人が言うと言うことは確実なようだ。町役場の窓からも見える大きな観覧車。シャッターが半分くらい閉まっている商店街の先にエンジェルスカイはあった。エンジェルスカイが出来たのは、バブルのころ、地域復興のために町長が建設を決めたらしい。町の人から常に見えるように、町の人が常に見えるように、商店街を少し上った場所に立っているそれは、この町のように錆びれているはずなのに、商店街に不釣り合いな程、陽にあたって輝いていた。
エンジェルススカイができたころ、町には活気があり、遠方からも観光客が来た。隣接して、商業ビルが建ち、いくつものブランド店や飲食店が入っていた。商店街では買えないような、高級でつやつやした商品が並んでいた。私も普段は着ないような襟のついたワンピースを着て、家では食べられないお子様ランチを食べた。そしてもちろん観覧車に乗った。自分の家、友達の家、通っている保育園、知っている建物が見えると指を指して喜んだ。そして、私は青色の観覧車に乗るのが好きだった。エンジェルスカイはペンキの塗り立てのような原色で虹と同じ7色のゴンドラが14個あった。どうしても青い観覧車に乗りたくて、乗り場でだだをこねたこともあった。
エンジェルスカイの名前の由来、天国に最も近い場所、青い観覧車は空の青さに一番近く、一緒に空にいるような気持ちになれた。バブルのころは、いろんなところにテーマパークや大型商業施設が出来た。
中学生の時に友達に誘われて、市内にある遊園地に行ったことがあった。そこは、観覧車しかない町にはない、ジェットコースターやメリーゴーランド、コーヒーカップ、ポップコーンの販売車、色とりどりのアミューズメントがあった。そしてエンジェルスカイよりもはるかに大きな観覧車があった。それを見て、一気に興ざめした。それ以来、その遊園地には行かなかった。今思えば、それは自分の町のみすぼらしさを痛感したつらさかもしれない。ちょっとしたいじっぱりや、あまのじゃくのようなものだったのかもしれない。そして、エンジェルスカイにも乗らなかった。中学校からの行き帰りの道でどうしても目に入る位置にあるそれを、にらみ、無視して、腹が立った。そうして、私も歳をとり、バブルが崩壊した。たくさんあった遊園地は取り壊されたり、廃墟になって、あのキラキラしたころとはうって変わって、むなしく色のない景色になった。市内の遊園地が縮小され、廃園となってもエンジェルスカイは町を見下ろしていた。
17歳になったとき、私は中学生ぶりにエンジェルススカイにのった。航が乗りたいと言い出したのだ。航とは、通っていた市立の高校で出会った。私は進学をメインとする特進科に所属しており、航は就職をメインとする工学科にいた。付き合うきっかけは、工学科との理科の授業だった。通っていた高校には、特進科・進学科・工学科・商業科があり、学校のアピールポイントとして科を超えた授業がある。その例として、商業科と家庭科をしたり、進学科との体育、工学科とは理科系の科目の実験があった。工学科との実験は思っていたような和気藹々としたものではなく、教師の実験をレポートにおさめる進学科と、発生した現象を視覚におさめる工学科という、同じ空間で別々のことをしている状態だった。実際、進学科はどの学科とも仲が良くなかったし、進学科は他の学科を見下しているところがあった。私の名字は、山本だったので、進学科でも後ろの方で、自分の横の席には工学科の子、今村航なのだが、いた。ノートも出さず、歓声をあげる工学科の横で私はがりがりとノートに現象を記録し、関係のありそうな公式を並べた。
「実験見ねぇの?」
横の席の男の子が声をかけた。
「もう授業で習ったことだから」
水の入った水槽に電極が差し込まれると何もなかった水槽から、泡が出たり、突然板に付着する物体が現れたりと、何も知識がなければ不思議な現象に思えるが、電気分解の授業をならった後では、その現象に対して驚きも感じない。自分のノートの上に浮かぶアルファベット。それでこの現象が片付いてしまう。教師はまだ実験を続けていたが、進学科の生徒のほとんどは実験など見ず、配布されたテキストを解いていた。
「何やってんの?」
「テキスト」
「実験より面白いの?」
面白いわけないじゃん。でも、面白い、面白くないとか関係なく、進学科の生徒は良い成績を取ることが求められるし、自分も少しでも良い大学に進学したいと思っていた。だから、こうした無駄な時間を自学習に当てることで、カバーしているつもりだった。それを言おうとしたけど、わかってもらえる気がしなくて言葉を飲み込んだ。
進学科にとって、実験の授業は絶好の実習時間でお気に入りの授業だったが、私にとってはそうでなかった。別の教科のテキストを広げていても、横の席の男から話しかけられるのだ。喋るのやめてくれないかな。とか言えば良かったものの、そこまで言うのも気が引け適当に流していた。
事件が起こったのは夏休みの少し前、その男の子に告られたのだ。もちろん、私は夏季講習で忙しいから無理だ、と振ったのだが。
夏休みに入ると、進学科と補講対象者以外は授業がない。授業は少しずつ、高校3年生の内容に入ってきた。問題の男子生徒にも会うことがなく穏やかな日々を過していたと思っていたのだが、自動販売機に飲み物を買いに行ったとき、彼を見た。技術室で何人かの生徒と機械を動かしている。クラブ活動でもしているのかと思った。しかし、次の日も彼はいた。結局、私が学校に行っているほぼ毎日彼はいた。これだけ、毎日確認しに行くなら何か声くらいかければ良かったが、振った側から声をかけることに気が引けたし。わざわざ見に来ていることがバレるのがいやだった。
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