押し合いへし合い

詠三日 海座

押し合いへし合い

「コンビニ寄らねー?」


ボロボロになったスクールバッグを肩越しに持ち直しながら、透は後ろの2人を振り返った。


「おれ行く」


「じゃおれも」


見合ってそう答えると、2人は透のあとを追いかけて教室を出た。

帰宅部の放課後は、校門を出てすぐそばにあるコンビニに立ち寄り、呑気に歩き、バスを待ってゆっくりと帰宅することで終えるには 飽き足らず、彼ら3人は帰宅直後、オンラインゲームで再会を果たすのが、最近の主な活動であった。

校門前のゆったりとした登り坂を、透と康介、2人の間の一歩後ろを春太が歩いていた。


「今日行きのバスめちゃくちゃ混んでたくね?」


「近くでイベントあったんじゃね?」


「観光客的な?」


坂を登りきろうとした頃には、目線の少し上にコンビニの屋根が窺える。白と緑を基調とした、新しいコンビニで、まだ清潔感のある外観だった。


「あーホントだ、近くで野外コンサートあったらしいぜ」


透がスマホを取り出していた。


「野外コンサートてどこで?w」


「あの噴水とこじゃね?」


「そーみたい」


横断歩道を渡り、例のコンビニは目前だった。


「バス降りる時大変だったわ」


「康介だけなんかもみくちゃにされてたくね?」


「ほんと、押し合いへし合いしてたわ」


何となく話のネタが尽きて、3人はしばらく黙々と歩いていた。


「…全然関係ないけど、押し合いへし合いの“へし合い”って何だろうな」


春太の一言に前の2人は立ち止まって、春太は思わず体を仰け反った。


「いや、進めや。コンビニ行きたいて」


「確かに」


「へし合いって何?」


3人は再び歩き出して、コンビニの自動ドアをくぐる。ベルが鳴って、顔見知りの店員に会釈した。


「“屁”し合うん?」


透が自分の尻をぱんっと叩いた。


「確かに人混みでされたら困るなぁ」


「おれ勝手に“へし折れる”の“へし”かと思ってた」


「混みすぎじゃね? 怪我人出てるて」


程度の低い発想のぶつけ合いに、ひたすら誰かがツッコミを入れ、想像力の欠如がここで露になる。


「ググるか」


「ググれググれ」


透がまたスマホを取り出して、2人はその画面を覗き込んだ。


「あ〜、“圧し合い”」


3人は声を揃えた。流れでアイス売り場へ向かい、各々好みのアイスを手に取った。


「圧するのが“へ”と読むのね」


透が意味を繰り返す。


「じゃ、何で“あっし合い”じゃダメなんだろうな」


「何かリズム悪いじゃん。押し合いあっし合いって」


「リズムてw ラッパーかよ」


透に康介がツッコンで、話は持ち切りのままレジへ向かった。


「ラップじゃねえよ、韻だろ。あ、袋いらないッス」


「韻ね、日本人が好きなやつ」


「“圧し合い”って調べても“へし合うこと”って出てくるわw」


今度は春太が自分のスマホを取り出していた。


「全然納得させてくれねーじゃん」


「よく考えたら、押し合って圧かけ合ってるとこ想像すると絵面えぐいな」


「“押し合い引き合い”ならバランス取れるな」


「バランス取れてもうたら言葉の意味がなくなるんよ」


3人はアイスを袋から出して、店を出た。彼らの頭の中は、「押し合い圧し合い」のことでいっぱいだった。つまらない議論を続けながら登ってきた坂を降りかかった頃、


「あながちおれの“へし折れ”説間違ってないぜ」


と春太がスマホを見せた。


「“へし折れる”って打ったら、“圧し折れる”とも出てきた」


「じゃあ“押し合い圧し合い”ってマジで怪我人出るじゃん…」


「別に人混みだけに使わんだろ」


「言葉のあやってやつだって」


「おれら賢くなったなぁ」


3人がふんふんと気の済んだように頷いた。再び会話のネタがなくなり、それとなく沈黙が続いていると、今度は康介が話を切り出した。


「…言葉のあやの“あや”って何?」

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押し合いへし合い 詠三日 海座 @Suirigu-u

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