第15話
「ええーっ! レイレイ、
素っ頓狂な声を上げて悔しがっているのは
推定150センチ未満の小さな体のどこから出てくるのかというくらいの大声だ。もっとも、音域はその体型に見合ったソプラノ。
「あたしもレーナちゃんと遊びたい!」
「あのね、私は別に遊びに行ったんじゃなくて羽卯を起こしに行ったの。何なら和が羽卯を起こしてくれてもいいんだよ。そうしてくれると私としては助かるし」
「うーん、20分早く家を出れば行けるかなあ。でもなあ……」
そこで真剣に悩む?
確か和は電車で30分かけて通学していると聞いている。
ただでさえ羽卯たちよりも早起きしているだろうに、何が和をそこまで駆り立てるのか。
そう思っていると。
「冗談だって。私だって毎日迎えに行ってるわけじゃないんだから。それに、今はレーナちゃんがきちんと起こしてくれるみたいだしね」
玲が苦笑しながら言った。
「こっちの予定よりずいぶんと早く叩き起こされたけどね」
不満げに返すが、人に起こしてもらうのなどいつ以来のことだったか。
そう思えば悪くない気もしてくるから不思議だ。
「じゃあさじゃあさ、もうすぐゴールデンウィークだし、連休に入ったらレーナちゃんも誘ってみんなで遊びに行こうよ」
唐突に和がそんな提案をしてきた。
「サッカー部の練習はあるけど、部活休みの日だったら大丈夫だよ」
「文芸部のほうは? 連休中は部活ないの?」
「ないない。うちはそれぞれ勝手に小説とか詩を書いたり本を読んでるだけだからね。中には部室で
「連歌」
それはパンクという形容で合っているのだろうか。
「まあ、興が乗ればリレー小説くらいやってもいいとは思ってるけど、連休中にまで集まってやることじゃないよね」
「じゃあ日程は私たちの休みに合わせるってことで」
どうせ暇だと思われているのか、玲も羽卯の予定を尋ねもしない。
……実際暇なのだけど。
遊びに行くのが嫌なわけではないのだが、あれよあれよと話が進んでいくものだから、少し意地悪をしてやりたくなった。
「いいけれど、連休が明けたらすぐテスト準備期間よ。玲、大丈夫なの? 赤点取って補習と追試で部活できなくなっても知らないわよ」
途端に玲が顔をしかめる。
「うげ、イヤなこと思い出させないでよ。テスト終わったらすぐ大会なんだからさあ」
「大丈夫なんじゃないかな。今のところそんなに難しい内容やってないし」
意外と言っては失礼だが、和が事も無げに言えば。
「そうだね、普通に復習してれば心配ないと思う」
美鈴ものんびりとした口調でそれに同意する。
「こ、これが中学以上と言われる難関を突破した高校受験組の余裕……」
テストの話題にも動じない2人を見て玲が震えている。
中高一貫の
高校から入ってきた生徒は、入学時点で履修済みになっている範囲を自習で補うしかないわけだが、和と美鈴には大した問題ではないらしい。
玲が言う通り、高校受験を経て入ってくる生徒は概して優秀だ。
なにしろ定員が50人しかない難関を勝ち抜いている。
対する中学からのエスカレーター組が勉強していないわけではないのだが、高校受験を経験しない環境はぬるま湯になりがちで、ほんの少し高校の範囲を先取りしているという程度ではアドバンテージにもならない。
それにしたって、中間テストを前にしての和と美鈴の余裕は相当なものだ。
しっかり者で基本真面目な玲だが、学業成績はいまいち振るわない。
なにしろ自他共に認めるサッカー馬鹿だ。
一方の羽卯は母が亡くなってから生活態度が真面目とは言いがたいものの、学業に関してはきちんとこなしている。成績を落として父に干渉される隙を与えたくないからだ。
普段から世話になりっぱなしの羽卯だが、勉強に関しては玲の面倒を見る側だった。
その関係は高校でも変わらずか、そんなことを考えてた時だった。
「じゃ、じゃあさ、わたしが勉強教えてあげようか?」
美鈴がそう提案する。ほんの少しだが声がうわずっていて、いつもより心持ち早口に聞こえた。
「あ、それいいんじゃない? なんだったらあたしも教えてもらいたい」
和が賛意を示す。
「なんたって入学してすぐの実力テスト、ミーちゃんは学年1位だからね」
まさかの学年トップが身近にいた。こんなにおっとりしているのに人は見かけによらない。
「ちなみにあたしは5位。数学と理科でこぼしちゃったんだよね。だからその辺お願い」
ぱんっと手を合わせて美鈴に頼んでいるが、和も教わる必要がありそうな成績ではない。
玲はというと、こちらをちらちら見ながらどうしたものかという顔をしている。
今まで一緒にテスト勉強してきたからと言って、義理立てすることもないのに。
そう思いつつも、なんとなく胸の内がもやっとする。
「おっけー、そんじゃテスト期間になったら4人で一緒に勉強しよう! 場所は羽卯っちの家がいいと思います」
玲の挙動から何かを察したのか、和がそんなことを言い出した。
「そ、それいいね。羽卯、どうかな?」
玲もそこに追随する。
「和はただレーナに会いたいだけなんじゃないの? ……まあ、構わないけれど」
「やったっ!」
「わたしもそれで大丈夫だよ。羽卯ちゃんの家も楽しみ」
美鈴がのほほんと同意したところでチャイムが鳴って朝礼の時間となり、それぞれ自分の席についた。
あれ?
授業の準備をしようと机の中に手を入れたところで、手の甲に何か小さな紙片が当たる感触があった。
教室に着いて教科書とノートを収納した時には気がつかなかったが、その後は席を外していないし、誰かが何かを入れる様子はなかったから、登校した時点では既に入っていたのだろう。
そっと引き出して視線だけで確かめると、薄桃色の洋封筒だった。
少し前に和とした会話を思い出す。
……いや、でも、まさか。
教室の机だ。
よほど人目のない時間でなければ他学年の教室付近にいれば目立つ。
であればクラスメイトか、そうでなくても同じ学年である可能性が高いだろう。
しかし、今更羽卯にそんな手紙を寄越す同級生がいるとは思えなかった。
差出人の名前は書かれていない。
そっと表に返すと、
須藤羽卯様
几帳面な字ではっきりとそう書かれている。宛先を間違えたわけではないらしい。
文字から推察するに、差出人はおそらく女子。
封代わりに貼られたシールをそっと剥がして中身を検める。
文面はシンプルだった。
『お話ししたいことがあります。放課後、松林でお待ちしています』
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