第6話
「はあ、さすが文芸部というか、恋愛話大好きなのね、あの子」
教室移動をしながら朝の会話を思い出し、
「自分で書くのもそういうのが多いらしいからね」
並んで歩く
「ネタが欲しかったんだろうけど、期待に添うような話なんてないわよ」
「でも、羽卯が私以外とあれだけ話すのは珍しいんじゃない?」
確かに学校では授業以外で声を出さないことが多い。
もっとも、和とも話していたと言えるのか自信はないが。
「どっちかというと和がずっと喋ってるから、時々相槌打つだけで済んで省エネなのはいいわね。気は合うのかも」
「それはそれでどうなの?」
玲が苦笑いする。
それよりも和の予言じみた不吉な言葉だ。
『もしかしたら今年はちょっと大変かもね』
あまり関わりがなかった高校の先輩ですら少数とは言えどこかで聞きつけて羽卯にアプローチをかけてきたのだ。
今年の外部受験組の新入生は同じ校舎で過ごす同級生、接点は今までの比ではない。恋愛事に対する関心や積極性も中学時代よりはグレードアップしているだろう。
難関を突破して新しい環境に来た自信と高揚感もあるだろう。
そんな中に羽卯のような美少女がいればどうあったって目立つ。テンションが上がってあわよくばと行動してくる男子が増えても不思議はない。
などという予想を嬉々とした顔で披露してくれた和である。
「しばらくは独りにならないほうがいいかなあ」
面倒事はごめんだ、と溜息をつきながら言うと、
「私でよければお伴するよ。部活があるから放課後もってわけにはいかないけど」
「ん、ありがとう」
放課後になったらさっさと家に帰ってしまえばいい。部活や委員会にも入っていないのだし。
そう考えた矢先だった。
「ねえ、君が
不意に後ろから声をかけられて立ち止まる。
怖々振り返ると、廊下の真ん中に男子生徒が立っていた。見た目の印象は真面目なスポーツマンといったところで、普通なら衆人環視の学校で出会って怖がるような相手ではないだろう。
それでも羽卯は思わず玲の背中に半分隠れるようにして様子を窺う。
「あれ、
一方、玲はどうやら相手のことを知っているようだ。
「……もしかして同じクラス?」
「いや、さすがに違うから安心して」
玲は苦笑交じりにそう言うが、仮に同じクラスだったとしても覚えていない自信があるから安心できる要素はどこにもない。
「男子サッカー部の小早川君。外部から有望な新人が入ったって噂になってて、女子サッカー部の皆で練習見に行ったことがあるんだ」
こうして顔を合わせるのは初めてだけど、と付け加える。
「へえ、女子サッカー部のエース候補に知られてるとは光栄だね」
玲の言葉に、男子生徒は爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「そっちこそ私のこと知ってるの?」
「桜賀玲さんでしょ。男子顔負けの腕だそうじゃない?」
「それは中学の最初の頃の話だよ。さすがに高校生にもなればフィジカルが違いすぎて勝負にならないって」
戸惑う羽卯そっちのけで玲は男子生徒と盛り上がっているようだ。
「それで……その
「
玲が小声で訂正する。
「うん、今度の日曜日に練習試合があってさ、須藤さんも応援に来てくれないかなって」
「え、なんで?」
考えるより先に尋ね返してしまった。
「須藤さん、サッカー好きって聞いたけど?」
「それはまあ……でも友達がいない部活の練習試合を観に行くほどでは」
そもそもいったいどこから出てきた情報だろうか。
中学時代も玲が出る女子サッカー部の試合には何度か行ったが、男子サッカー部の試合を観に行ったことは一度もないのに。
「新入生のテストも兼ねた練習試合だから、たぶん僕も出番あると思うんだよね」
小早川はその答えに特に疑問を持っていないようだが、それは理由になっているだろうか。
「なにそれ面白そう! 観たい観たい!」
「ちょっと玲!?」
唐突に間近で発せられた興奮気味の声に溜息をつきたくなるのを堪えながら、背中越しに玲の顔を覗き込む。
「いやだって、期待の新人だよ? 早速試合で観られるならすごく気になるじゃん」
……どうやらサッカー馬鹿が食いついてしまったようだ。
「ははは、期待に応えられるように頑張るよ。桜賀さんも一緒に応援に来てよ」
小早川が「一緒に」を強調するように言ったところで玲が「あっ」と小さく声を漏らす。
そんな玲を恨みがましく見上げながら、嫌味のひとつも言ってやりたくなった。
1人で行けばいいと突っぱねるのは簡単だけれど、でも。
「いいわ。じゃあデートしましょう」
慣れない甘えた声でそう言い、ついでとばかりに腕を絡めて軽くもたれかかってみせる。
「ええっ!?」
予想外に強めの反応が返ってきた。
「おっと、女子のエースがライバルか。これは強敵だ」
いったいどこからその余裕が出てくるのか、小早川は気にした様子もなく鷹揚に笑う。
これくらいなら友達同士でじゃれ合ってるようにしか見えないか。実際そんなところだし。
「小早川君も何言ってんの!?」
なのに女子サッカー部のエース候補さんのほうが何故そんなに取り乱しているのか。
……そもそも。
玲ではなく羽卯のほうに話を持ちかけてきた時点で、どういう意図があるかなど見え見えだし、ついさっきそういう話をしていたばかりではないか。
だと言うのに、サッカーが絡むと玲はすぐこれだ。
「それじゃ、いい試合を見てもらえるように頑張るから、応援よろしくね」
小早川は最後まで爽やかにそう言うと颯爽と立ち去っていった。
「……玲」
廊下の角を曲がって見えなくなったのを確認すると、抱きついていた腕を放し、じっとりとした目で軽く睨む。
「いや、その……ごめん」
一応は自分が下手を打った自覚があるのか、玲は肩を縮こまらせた。
羽卯より5センチ長身の玲が今は小さく見えた。
「どうしてもイヤだったらさ、私独りで行くから。小早川君にはその、急用とか言って適当に誤魔化しとくし。でも……」
そこで玲は言いよどみ、躊躇うような目でちらちらと羽卯の表情を窺う。
「できたら一緒に観に行きたいかなあって」
「私とサッカー観ても楽しくないと思うわよ」
「そ、そんなことない! 絶対楽しい!」
玲は確信に満ちたまっすぐな目で羽卯を見つめる。
「だからさ、デ、デートとかそういうのは抜きにして一緒に行かない?」
言葉を続けながら段々と声に勢いがなくなり、断られるのが怖いというような不安げな表情に変わる。
「わかったわよ。だからそんな顔しないの」
玲にそんな顔をさせてまで拒否したいわけではないのだ。
それに。
玲の試合を観に行ったことは何度もあるけれど、玲と一緒にサッカーを観たことは一度もないことに思い至った。
「一緒に観に行くのは初めてだしね。そういうのもいいわよね」
その返答に玲は嬉しそうに表情を輝かせた。
羽卯を何度も助けてくれた向日葵のような笑顔だった。
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