供述・??者―アイは斯くして永遠を誓う
優しくしてくれたから。一緒にいてくれたから。
好きになる理由なんて、たったそれだけでよかった。
ちいさい頃のあたしは、ずっとひとりぼっちだった。
お父さんとお母さんはお仕事が忙しいからって、あたしをひとり家に置いて、夜遅くまで帰ってこなかったから。
そのころのことは、正直、あんまり、よく覚えてはいない。だけど、ひとりぼっちの家の中が、ひどく寒くて、寂しい場所だったことは覚えている。
だからある時「今日からはお母さんたちが仕事の時は、ここのお家で遊んでいてね」と言われて連れてこられた家にいた、少し年上のお兄さんに惹かれてしまうのも、仕方がないことだと思う。
あの頃のあたしは、間違いなく、人のぬくもりというものに飢えていたから。
だから、初めて与えられた「ぬくもり」に、あたしは虜になってしまったに違いない。
『はじめまして!ぼくは、
そう言ってあたしに手を差し伸べてくれた彼が、まるで絵本の中の王子様のように、煌めいて見えてしまう位には。
連れてこられた家にいた彼は、あたしにとっても優しかった。
なにも、特別なことをしてくれたわけじゃない。だけど、あたしの寂しさを埋めてくれる彼の優しい声が、優しい体温が、あたしは大好きだった。
遊ぶ時にも、ご飯の時も、お昼寝の時も。
ずっと隣にあったその優しさは、いつしかあたしにとって、離し難いものになっていった。
『ねえ、ゆーくん。あたしがゆーくんとずーっと一緒にいるには、どうしたらいいのかなあ?』
いつだったか、あたしは彼に、そんな問いを投げかけたことがある。
『めあちゃんは、ぼくとずっと一緒にいたいの?』
『うん!だってあたし、ゆーくんのことだいすきなんだもん!』
『……そっか』
あたしの言葉に、彼は一瞬、戸惑うような素振りを見せた。しかし、そんな戸惑いを見せたのも、一瞬のこと。彼はすぐに、いつもと同じ、優しい笑顔を浮かべて、こう言ったのだ。
『それなら、結婚、するのはどうかな?』
『けっこん?』
『お互いのことが大好きなおとなのふたりが、ずーっと一緒にいることを誓うことだよ』
『へえ〜』
彼は物知りだったから。あたしの疑問にもすぐに答えを提示してくれて。
そしてその答えが間違っていたことなんて、ただの一度もなかったから。
だからあたしはあの時の彼の言葉を鵜呑みにして、こんなことを言ったのだ。
『ってことは、つまり……ゆーくんとけっこんしたら、あたしとゆーくんは、ずーっと一緒だってことだよね?』
『うん、そういうこと……かな』
『じゃあ!する!あたし、ゆーくんとけっこんする!!』
がばり、と思わずゆーくんに抱きついた。
『あ!でもでも!けっこんするには、ゆーくんもあたしのこと大好きじゃなきゃだめなんだよね!?あたしはゆーくんのことだいすきだけど……ゆーくんは?ゆーくんは、あたしのことすき?』
この時あたしは、ゆーくんの胸元に顔を埋めていたから。その時のゆーくんが、どんな顔をしていたのかは分からない。
『……大丈夫。ぼくもめあちゃんのこと、大好きだよ』
だけど、その時のゆーくんの声は、とびきり甘ったるくて、今までに聞いたどんな声よりも、優しくて。
どきどき、ばくばく。心臓が跳ねた。
大好きな人の体温と、大好きな人の、甘い声。
それらに包まれたあたしは、今この瞬間、世界中の誰よりも幸せだって。そう思ってしまうくらいに。
全身が溶けてしまうくらいに、幸せを感じていた。
ねえ、ゆーくん。すきだよ。あなたのことが、だいすきなの。
あなたと、ずっとずっと一緒にいたい。
『ねえ、ゆーくん』
『うん、なあに?』
あなたの優しさを、あなたのくれるぬくもりを、ぜんぶぜんぶ、あたしのものにしたい。
『おおきくなったら、あたしと結婚してくれる?』
だからずっと、あたしと一緒に居るって言って。
『うん、いいよ。ぼくのお嫁さんになってね、めあちゃん』
ああ、よかった。そう言ってくれて、よかった。
あたしとずっと一緒にいてくれるって、約束してくれて、よかった。
ねえ、ゆーくん。
あなたのその言葉を、あたしはずーっと、憶えていたよ。
時は過ぎて、あたしは高校生になった。
彼は—ゆーくんは、東京の大学に進学して、なんだかむずかしい勉強を、頑張っているらしい。忙しいのか、彼があたしに構ってくれる時間は、めっきり減ってしまった。物理的距離ができてしまったのも、理由のひとつだろうけれど。
あたしは、ベッドに寝転がったまんま、メッセージアプリを開いた。
お目当ての彼からの連絡は、やはり、ない。
「ゆーくん……」
胸元にぶら下げたおもちゃの指輪を弄びながら、あたしは彼の名前を呼んだ。
「寂しいよう……たまには構ってくれなきゃ、あなたの可愛いカノジョは寂しさで死んじゃいますよう……」
あたしは、不安で気が狂いそうだった。
彼のぬくもりが恋しい。彼の優しい声が聞きたい。
本当は、ゆーくんが東京に行くのだって許したくなかった。
だって、ゆーくんと一緒にいたいんだもの。あたしから離れるなんて許せるわけがない。
あたしはもう、あなたがいないと生きていけないのに。
「……そうだ」
寂しいなら。構ってもらえないなら。
あたしのほうから、ゆーくんに会いに行けばいいんだ。
だってあたしは、待ってるだけのお姫様じゃないんだから。ゆーくんに会いに行くための手段は、幾らだってあるのだ。
さあて。
あたしが会いに行くって言ったら、ゆーくん、どんな顔するかな。
「たのしみだなあ」
考えただけで、胸が躍るようだ。
久しぶりにゆーくんのぬくもりを甘受できる日を脳裏に思い描きながら、あたしはいつしか、眠りに落ちていった。
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